南宋(なんそう)軍の動きが活発になっていた。南宋水軍が梁山泊(りょうざんぱく)水軍と交戦する。梁山泊は打撃を受けるものの、相手の造船所を焼くなど反撃に出る。一方、南では辛晃(しんこう)が岳飛を狙うが、岳飛は秦容(しんよう)と共同戦線を張ろうとしていた―― 北方謙三さんの最新刊『岳飛伝 十 天雷の章』刊行にあたって、この巻の読みどころから、ますます盛り上がる「大水滸シリーズ」の今後について、そして、現在の心境などをうかがいました。
この夏、『岳飛伝』の十巻が刊行される。『水滸(すいこ)伝』の連載開始から十五年。『楊令(ようれい)伝』に続いた『岳飛伝』も、いよいよ折り返しを過ぎ、これから終盤に向かっていく。それはとりもなおさず、「大水滸シリーズ」の終盤でもある。

――楊令の後に岳飛を描くことは、決めていたのですか。

 『水滸伝』は、南宋を倒す革命の小説でした。続く『楊令伝』は国家を建設する小説です。その定義付けからすると、『岳飛伝』は人生の小説になります。登場人物、一人一人の人生を描いていく物語です。もちろん、岳飛が主人公である必然性も同時に描いています。何故、岳飛だったのかと言うと、それはもう、作者の私が、岳飛と出会ったから、としか言い様がないのですが、ほかにあるとしたら、一つには、岳飛という男の魅力でしょう。岳飛というやつは、ちょっと抜けているんですよ。だけど、大きなもの、人と人との間に通う心情だけは見逃さない。非常に人間味のある男です。

――岳飛は日向のキャラクターですね。楊令には翳(かげ)りがありました。

 『楊令伝』というのは、国の建設の物語なので、楊令の人間性というものを削ぎ落として、非人間的な部分を持たせなければならなかった。そこが岳飛との違いでしょう。岳飛はお人好しで、その人の好さをつけ込まれて秦檜(しんかい)に殺されそうになる。あわやというところで、梁山泊軍に助けられて逃げ延びる。逃亡中弓疵(きゅうし)(破傷風)に罹り、文字通り九死に一生を得るわけですが、そこで岳飛は、一旦リセットされるんです。戦う意味とか、何もかもが、ゼロになる。そこから南下していく間に、今まで自分が何人の人間を死なせてきたかとか、もう一度、自分がやるべきことは何かとか、考えるわけです。そうすると、死んでいった人間に対して、どこかでちゃんと、自分なりのケリをつけなければならないと思う。それが、国を一つにするという思いにつながっていくわけです。

――梁山泊の「替天行道(たいてんぎょうどう)」に対して、岳飛は「盡忠報国(じんちゅうほうこく)」です。

 中華を一つにする方法論として、武力で倒して一つの中華にするのか、それとももっと別の形なのか。このことはみんながまだ模索しています。ただ、そもそも国家というものは、民がそこで生きる容れ物にすぎない、という思いが、私にはあります。大きな国家という概念のなかで、民が生きていく形。それこそが大事なわけでね。そして、民が生きていくために必要なのが、物流と情報です。中華を一つにするといっても、あの広大な土地を、軍事力で統(す)べるというのは現実的には難しい。けれど、物流で統べることはできる。物流が途絶えたら、そこは死滅してしまうわけだから。逆に言えば、物流と情報、この二つがきちんとしていれば、民は生きていけるわけで、それこそが国家でもあるわけです。

――楊令という頭領を失った後も、梁山泊があるのは、そういうことなのですね。

 梁山泊が整備した飛脚というのは、情報網です。その情報網が、物流のなかに生きてくる。蕭珪材(しょうけいざい)の息子、蕭炫材(しょうけんざい)が物流組織の轟交買(ごうこうこ)を統括していますが、彼が今後の物流に携わることで、梁山泊の無国籍化が進みます。完全に無国籍になって、物流と情報の道が重なって、梁山泊という概念が、その志が、血管のように土地と人とに溶け込んでしまえれば、そこで梁山泊の役目は終わっていいのではないか。そんなことを漠然と考えてはいます。

――「楊令伝」の次は「秦容伝」では、と思っていた読者も多かったと思います。

 人物の重みからいえば、そうでしょう。だから、秦容や宣凱(せんがい)、あの連中の人生にも、ある決着はつけさせなければならない。その過程で、「人間が生きることとは何か」という問いかけをしていければ、と思っているんです。これまでは、〝死ぬことの美学〞を追い求めて書き続けてきたところがありますが、『岳飛伝』では、人間が生きていることに意味がある、ということを大きなメッセージとして伝えたい、ということもあります。岳飛や、秦容、宣凱……、登場人物たちそれぞれの人生に、生きている喜びのようなものを読者に感じてもらえればいいし、そういうものを描きたい、という思いはあります。

十五年という年月は、登場人物たちにも緩やかな変化をもたらす。『岳飛伝』の三巻で、史進(ししん)が愛馬・乱雲(らんうん)に語りかけるシーンがある。「戦場ではないところをおまえと駈けたら、気持がいいだろうな」。数々の死闘の場を生き抜いてきた九紋竜(くもんりゅう)史進の言葉だからこそ、読み手の胸には万感の思いが押し寄せる。

――『岳飛伝』が人生の小説である、というのは、史進をみているとよく分かります。

 史進は、どんどん人間臭くなっていますよ。不死身と思われた史進にも、老いはやってくるんです。武器にしていた鉄棒も、中身を空洞にして軽くして使っていたのが、それすら体力的に辛くなってきて、今は日本刀を武器にしている。それでも、今なお、戦場では鬼神のような凄まじい働きをする。この先、史進は何処かで死ぬのか、死ぬとしたらどんな死に方をするのかというのは、書いている私自身にも分かりません。ただ、弱い史進は書きたくない、という思いはあります。

――史進といえば、この十巻で胡土児(ことじ)と剣を交えます。読者としては、楊令の忘れ形見である胡土児も気になるところです。

 胡土児が、自分の父親が梁山泊軍の頭領だった楊令である、と知ったとして、それで彼が梁山泊に行くのかといえば、それはそんな単純な話ではない。胡土児には北へ静養に行かせようと考えてはいますが、そこから彼がどう動くのか、つまり、『岳飛伝』のなかの存在として、大きなものになっていくのかどうかは、まだ見えない。胡土児に関しては、何が起きるか分からないです。

――十巻では、子午山で学んだ第二世代のある人物が命を落とします。

 致死軍(ちしぐん)に救出させて、そのまま生き延びさせるという展開もあったかもしれませんが、あそこで彼が死を迎えるというのもまた、作者である私と彼との縁なんです。あの男のことは、ずっとマイナスに描いてきたという思いがあって、それがプラスに変わったから、もういいだろう、と。彼を死なせるというよりも、陳家村(ちんかそん)を残しておきたくなかった。陳家村をあのまま残しておくと、以後の物語が複雑になりすぎるんです。楊令の死は、梁山泊の一人一人が、それぞれの受け止め方をしていかなくてはいけない。けれど、陳家村が残ってしまうと、あの村出身の男が、楊令を暗殺しているわけで、そこに絡んでいたのが青蓮寺(せいれんじ)である、となると、梁山泊の目的が楊令の復讐という、小さなものになってしまう怖れがあった。同時に、彼の死は、王清(おうせい)にとって、深い意味のあるものになっていくわけで、それはこれから書いていくことになるはずです。

――李師師(りしし)と、太子・眘(しん)の今後にも注目です。

 眘は自分が何者なのか全く分かっていない。両親が李師師と李富(りふ)だという思いは、彼にはありません。李師師が眘を産むというのは、年齢的なこともあり、彼女にとっては賭けでした。眘が無事に生まれたことで、その賭けに勝った彼女は、李富亡き後、眘を必死に守ろうとする。それは何故かといえば、眘はやがて帝になるであろう、と。そうなれば、李師師は国母になれるわけで、母親の愛というより、野望、でしょう。

――李師師には、どこか狂気めいたものも感じます。

 そもそも、李師師と李富は野望で結ばれた関係です。それも、非常に異常な。太子を入れ替えることで、南宋の皇統の血のなかに、自分たちの息子を入れてしまおうというのは、ある種の狂気でしょう。その狂気から醒めた時に、もう李富はいない。眘はすでに東宮(とうぐう)へあがっている。どうしようか、という時に、李師師のなかで最後に激しく燃え上がるのは、何か。それは野望の炎ではなく、恋の炎にしたいと考えています。

――李師師はしたたかな女ではありますが、同性のファンも多いです。

 あれだけのことをやってのけた女ではあるけれど、やっぱり綺麗に書いてやりたい。それは、あの浪子燕青(えんせい)が惚れた女だからです。最後にあの二人が逢うシーンは頭の中にはあるんです。李師師には、燕青が奏でる笛の音で舞わせつつ、心情を吐露させたい、と。一国を乗っ取るところまでやっておきながら、たった一つの恋を実らせることができなかった彼女の最期は、そんなふうに考えてはいます。国のために死ぬのではなく、叶わぬ恋に死ぬ、というふうにしたい。

――女性キャラといえば、九巻で于姜(うきょう)が夫である梁興(りょうこう)に言う台詞が沁みます。自分の他に十人、百人の女がいてもいいけれど、「たったひとりは、駄目。そこは、あたしの場所だから」と。

「大水滸シリーズ」を書き始めた頃よりも、自分が年をとって、女性の気持が分かるようになったのかもしれません。男は、女にそう言われると、どうしようもないんです。あなたのなかの一人だけの場所が、私の場所だと言われたら。これまでも女性は描いてきましたが、『岳飛伝』では更に、女性の発言が増えてきていますね。

この十五年、北方氏は「大水滸シリーズ」とともに生きてきた、と言っても過言ではないだろう。登場人物たちの老いは、そのまま氏の老いでもある。

――「大水滸」が始まった年に生まれた子どもが高校生になる。十五年というのは、それほどの年月です。

 『水滸伝』を書き始めたのは、五十代の前半でした。それが今では七十近い。けれど、物語では、少年の話だって、青年の話だって書かなくてはならないわけです。じゃあ、どうすればいいのか。若いやつらのことは、分からないからね。そこで、今でもロックのライブには足を運ぶようにしています。バンドのやつらと、ロックについて語り合うこともあります。お前らのは、やれ彼女が恋しいのなんだのと、そんなのはロックンロールじゃない、と言うと、「今はロックンロールではなくて、ロックとしか言いません」と言い返されたりする(笑)。「時にはセツナロックと言われます」と。

――「セツナロック」?

 刹那ではなくて、「切ない」の「切な」だって言うんだね。要するに、歌詞のこと。今の若いやつらって、サウンドは凄くいいんです。道具だって、機材だって性能がいいから。ただ、歌詞はぬるい。聴衆の孤独に、自分の孤独を投げかける。そうすると、二つの孤独が共振する。それが歌というものだ、というようなことを彼らに言っても、若いやつらには、なかなか理解できない。けれど、そうやって、表現者どうしとして話をすることで、〝表現力の若さ〞を失わないようにしています。ライブもそうですが、連載を始めた十五年前の感覚を失わないようにするために、二〇〇〇年代の映画もよく観ます。

――連載を始められた頃ですね。

 その時代の映画を観ることで、当時のことを思い出すんです。映画を観た後で、その映画に使われていた歌を聴いたり、気になったことを調べたり。そういうことは年をとると怠りがちになるのだけど、出来る限りやっています。別荘にいる時は、集中して一日四作とか観ています。

――年齢とともに出てくる「味」もあると思いますが。

 それは、自然に出てくるものでね。ただ、自分としては、少なくとも『岳飛伝』を書き終わるまでは、成熟や完成は拒絶しなくてはならないんです。確たる理由はないんですが、「大水滸シリーズ」は、完成して書いたら駄目だ、という気持があります。

――それは直観みたいなものですか。

 直観でしょうね。それはまた、自分は大家になりたくない、ということでもある。大御所なんて、絶対に言われたくない。さすがにこの年になると、周りがそういうふうな扱いをしますが、大家とか大御所とか呼ばれて、それを受け入れたら、作家は終わりだと思う。だから、未だに自分でも餓鬼っぽいと思うし、餓鬼っぽくていい、とも思っています。どうせ老いていくのだし、感性も摩耗していく。命でさえ摩耗するのだから。ただ、そこで摩耗して完成された形を作ったら、書く意味がない。だから、『岳飛伝』を書き終わるまでは、完成したくない。

――「大水滸シリーズ」が終わるまで、走り続ける、と。

 これまでも走り続けてきたし、これからも走り続ける。わざわざ口に出して言うことではないです。「大水滸シリーズ」に関しては、走り続けられなくなったら、私は書くことを止めるでしょう。そういう思いは、持っています。

<完>