解説コラム 「軍神・岳飛」から「人間・岳飛」へ─

岳飛( 字は鵬挙) は、1103年に河南省湯陰県に生まれた、実在する武将です。北宋は1126年の「靖康の変」によって、首都の開封(かいほう)を奪われ、一旦滅びます。翌年、徽宗の九男で、北宋最後の皇帝・欽宗の異母弟にあたる趙構が、南京で即位して高宗となり、王朝を再興しました。これが南宋です。岳飛が活躍したのは、この北宋が滅びて南宋が建ち、北方の金国と国家の存亡をかけての戦いがはじまった、まさにその激動の最中でした。
 まず岳飛は、金国から首都開封を奪還すべく戦っていた宗沢のもとに、義勇軍として参加しました。正史『宋史』には、この後、岳飛が金国と戦って全戦全勝する様子が、華々しく書かれています。しかし、南宋の朝廷には、それを快く思わない者もいました。その代表が宰相の秦檜(しんかい)です。

文官 対 武官

 960年、趙匡胤(ちょうきょいん)によって建国された宋は、徹底した「文治政治」を行ってきました。なぜなら、軍人が力を持ちすぎた結果として唐が滅び、長く続く五代十国の乱世となったからです。また、政治に携わるのも科挙に合格した文官のみで、武官は、その下で常にコントロールされるべき存在となりました。将校も数年ごとに任地を交代させ、兵との結びつきが強まらないようにするなど、武官が権力を握らないよう常に気をつけていたのです。しかし、そのせいで宋の軍隊は、歴代の中国王朝の中でも、類を見ないほど弱体化しました。北方版『水滸伝』では、宋の軍隊が梁山泊軍に苦戦を強いられていますが、中国の小説『水滸伝』では、宋軍は負け続け。その背景には、このような理由もあったのです。

 けれど国家の危機に、軍隊が弱いままでは困ります。岳飛のような武将が私兵を率いて登場してくれたことは、むしろ喜ぶべきことだったはずです。しかし秦檜は、そうは考えませんでした。正統な科挙合格者である秦檜にとって、軍人の発言権が強まることは、これまでの宋の国是だった「文治政治」の秩序を根本から揺るがす、大問題だったのです。

豊かで文化的な時代

 また、宋というのは、慣例的に「平和を金で買って」きた国でもありました。建国当初から北方を脅かしてきた遼に対しても、毎年、絹20万疋と銀10万両を贈ることで「平和を買い」ました。つまり軍事力ではなく、経済力で国を守っていたのです。

 それを可能にしたのが、米の生産量の飛躍的な増加でした。「江南が実れば天下足る」といわれたほどの生産量は、国内の需要を満たしてもなお余りあるほどで、余剰分はすべて経済活動に回されました。

 経済が発展し「金で平和を買って」国内が安定していた宋では、白磁や青磁といった、中国陶磁器の中でも最高峰の水準を誇る「宋磁」の名品が作られるようになり、絵画の方面でも、独特の作風のものが多く生まれました。また、それまで一部の者のみが手にできた印刷物も、広く庶民の手に届くものになり、演劇や講談といった庶民文化も花開きました。庶民が日常的にお茶を飲んだり、イスとテーブルを使うようになったり、世界初の紙幣といわれる「交子(こうし)」を使用するようになったのも、この宋代からです。

 宋という時代は、常に北方の異民族の脅威にさらされながらも、発展した経済から生み出される金で平和を買い、また戦争がなく豊かゆえに文化も成熟し、その文化を皇帝から庶民までが、十二分に謳歌した時代であったともいえるでしょう。戦争をしないことをモットーとし、金で平和が買えるなら、それを是とする考え方は、いまの日本と共通する点かもしれません。

唾を吐かれた秦檜

 こうした慣例があったため、秦檜も「平和を金で買おう」と考えました。そんな秦檜にとって、あくまで戦って国土奪還することを主張する岳飛は、邪魔者でしかありません。そこで秦檜は、無実の罪で岳飛を殺し、主戦派に大弾圧をくわえて沈黙させ、すでに金国が占領している国土を割譲し、毎年絹25万疋と銀25万両を贈ることで、「平和を買った」のでした。

 このため、のちの中国では、「売国奴・秦檜」と「その極悪人に殺された悲劇の救国の英雄・岳飛」という構図ができあがります。その後、数多く作られた小説や芝居、講談などでも、この構図は変わりませんでした。それをよく表しているのが、杭州にある岳王廟(岳飛を祀った廟と墓がある)でしょう。ここには両手を縛られて跪(ひざまず)く秦檜の像が置かれているのですが、かつては岳飛の墓に詣でた人々が、必ず唾を吐きかけて帰ったものです。(いまは、これが禁止され、秦檜像は柵で守られていますが、逆にいえば、禁止しないと、いまでも唾を吐く人がいるということです)

人間・岳飛として

 しかし北方版『岳飛伝』では、この史実を下敷きにしながらも、まったく異なるオリジナルストーリーが展開されていきます。そこには「悲劇のヒーロー・岳飛」VS.「極悪人・秦檜」という単純な構図とは違って、岳飛、秦檜のそれぞれが、それぞれの思いや信念を持った人間としてぶつかり合い、苦しみ悩みながら成長していくさまが描かれています。

 中国本土でも描かれたことのない、オリジナリティあふれる岳飛と秦檜が、今後どんなドラマを生み出し、どんな人生を歩んで行くのか、ますます期待が高まります!

※刺青の「盡(尽)忠報国」は忠義を尽くして国に報いるという意味。