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「週刊ヤングジャンプ」にて大好評連載中の「【推しの子】」。2023年4月より
アニメ化もされ大きな話題を集めています。その担当、酒井浩希編集主任に
作品誕生の裏側や編集者の役割を聞きました。

「週刊ヤングジャンプ」編集主任

酒井 浩希(さかい・ひろき) HIROKI SAKAI

2010年入社。入社以来「週刊ヤングジャンプ」にて編集を務める。赤坂アカ先生の前作『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』、現在連載中の『恋愛代行』(赤坂アカ×西沢5㍉)、『まるくん〜はたらくマルチーズ〜』(G3井田)も担当している。

CHAPTER 01

『【推しの子】』誕生秘話

2020年から『【推しの子】』の連載が始まりました。
立ち上げ時のことを教えてください。

『【推しの子】』の始まりは、『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』(以下『かぐや様』)の連載中、赤坂先生から「もう1本、週刊連載をやりたい」とお話をいただいたことでした。「1本だけでも大変なはずなのに、そんなことが本当に人間にできるのか?」と少し混乱しました。
詳しくお聞きすると、赤坂先生がアシスタントさんと新作マンガのアイデアを話していた際に“個人の強い欲望や欲求をベースに物語をつくる技法がある”という話題になり、アシスタントさんのひとりが「それなら推しのアイドルの子どもに生まれたい」とおっしゃったそうです。ちょうど当時の赤坂先生は『かぐや様』の実写映画化で出演者の方とも接点ができて、芸能界のことをリアリティを持って知る機会が増えていた……。その経験から『【推しの子】』の原型になるアイデアを思いつかれたそうです。

物語のアイデアを最初に聞いたときはどう思われましたか?

「……さすが赤坂先生だな」と。赤坂先生は、コンセプトをしっかり固めてから創作をスタートされるタイプの作家さんです。『かぐや様』でいえば「天才たちの恋愛頭脳戦」という副題や「恋愛は天才をアホにする」というキャッチコピーをつけてくださいました。作品の「芯」が一発でわかるようなコンセプトを、きちんと言語化していただけるのです。『【推しの子】』も、はじめてお話を伺ったときから、「アイドルの子どもに転生」「芸能界の裏側をミステリー要素も交えつつ描く」という軸が定まっていて、とても魅力的だと感じました。

週刊連載が進行中にもう1本! 
すごいバイタリティですね。

一般的に連載を始めるには、編集部の会議に3話分のネームを提出して通過する必要があるのですが、実績がある方は会議を通さずとも始めていただくケースもあります。もちろん『かぐや様』で実績が十分の赤坂先生ですが、実際に「2作品同時週刊連載」を遂行できるのか手ごたえを掴んでいただく意味で、敢えて『【推しの子】』は会議に3話分のネームを提出していただきました。それも難なくこなされていたので、ネーム作業に関しては問題なさそうだと感じました。
さらに、赤坂先生はこの時点ですでに、「作画を横槍メンゴ先生にご担当いただきたい」と、自らオファーされていました。もともと赤坂先生と横槍先生はお知り合いだったのですが、横槍先生が過去に描かれたアイドルものの読み切りが赤坂先生の印象に強く残っていて、「ぜひ自分といっしょにこの作品を描いてほしい」と思っていたそうです。そこに偶然が重なるのですが、当時、編集部の担当替えで私が横槍先生の担当にもなったんです。当初は新作の連載の打診をしていたのですが、担当引き継ぎ後2回目にお会いしたときには「『【推しの子】』の作画、本当にやっていただけますか?」と最終確認をさせていただきました。ご快諾いただけたことから、正式に連載に向けて動き出していただきました。

酒井さんがアイデア出しのお手伝いをすることはありますか?

赤坂先生から構想を伺った際、編集部の立場から“懸念点”をお伝えし、先生に検討していただいたことはありましたが、作品は作家さんが人生を懸けたご自身の物なので「自分が出したアイデアを使ってもらおう」とはまったく考えていません。例えば『【推しの子】』の主人公格のゴローは、赤坂先生の最初の構想では裏社会に属する人物だったのです。十分魅力的なキャラクターでしたが、「作品がヒットしてアニメ化・実写化のオファーがあった際、裏社会的な要素があるせいで表現に制約がかかってしまう可能性があるかも……」とはお伝えしました。それに対して赤坂先生は、産婦人科医という、これ以上ない答えを出してくださいました。

『【推しの子】』はアニメ化され、世界でも話題になりました。

編集部としても大成功を願う作品だったので、アニメ化が決まったときはうれしさよりもほっとする気持ちのほうが大きかったです。でも、一番プレッシャーを感じていたのはやはり赤坂先生で、連載開始前から「おひとりでもマンガ家として活躍できる横槍先生の力をお借りするからには、アニメ化は最低条件!」というところまでご自身を追い込んでいらっしゃいました。自分も2人の天才作家に積み上げていただいた物は間違いないと信じていましたが、世の中により広く認知していただける契機となりうるのがアニメ化だと考えていました。
ですので連載開始後、かなり初期の段階から熱の入った映像化企画を数多くいただけたことはうれしかったです。企画書はすべて先生方とも共有し精査していただきましたが、最善の布陣に恵まれたと思います。アニメ関係者の皆様には日々、最高のパフォーマンスを発揮していただき、大変ありがたい限りです。さらにアニメ制作の過程では、赤坂先生にはすべての脚本会議と、アフレコの現場にも参加していただきました。当然、先生の負担は増えたのですが、先生ご自身がアニメの成功を誰よりも願い、そうしたいとおっしゃっていました。担当の関わり方としては、日々の連載の進行が滞りなく進むように、週3回ぐらいご自宅に伺い、各現場にアテンドするというものです。

©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会

CHAPTER 02

赤坂先生・横槍先生とのお仕事
赤坂先生・横槍先生との お仕事

赤坂先生の担当になったのはどういった経緯だったのでしょう。

すでに他誌でデビューされていた赤坂先生が、最短ルートで連載までたどりつきたい、とお考えになられ「ヤングジャンプ」の編集長に直接持ち込みをしてこられたのです。ただ「ヤングジャンプ」では編集長が直接担当するシステムがなく、自分としては幸運ですが、すぐ編集部内で担当者募集が行なわれ、立候補しました。当時、先生は他誌でいわゆる「セカイ系」のバトル作品を描かれていたのですが、思春期の少年少女の内面や、強い自意識からくる衒(てら)いのような描写がとても魅力的で、すばらしい才能の持ち主だと感じていました。

そんな出会いから『かぐや様』が誕生していったのですね。

当初は前作と同じようなバトル作品を構想していただきました。しかし、『キングダム』や『東京喰種』『GANTZ』など強力なバトルマンガを擁する「ヤングジャンプ」で戦う為に超えるハードルは高く……連載獲得に向けて全く別の企画もいくつか出していただいていただきました。その中で「恋愛頭脳戦」というひと言が添えられた3行程のプロットに「これしかない!」と感じました。当時の「ヤングジャンプ」では、ラブコメ作品が不足していました。一方で『LIAR GAME』や『嘘喰い』のような頭脳戦作品人気が高く、需要が見込める下地があったのです。そこで恋愛×頭脳戦というコンセプトの作品が打ち出せれば、ヒットが狙える……と。赤坂先生は打合せで雑談をしているときもお話が面白く、お人柄も明るいので、コメディ方面でも強さを発揮できると感じていたこともあり、「これはハマる」と確信しました。

作画の横槍先生とは『【推しの子】』からのお付き合いとなりますが。

横槍先生には本当にプロフェッショナルな仕事をしていただいており、もう感謝しかないです。『【推しの子】』では作画担当として「読者に対してどう魅せるか」に非常にこだわり、通常の週刊連載では一般的にネームに4日、作画に3日となるところを、作画だけに7日間使ってクオリティの高い作品を仕上げていただいています。多くの方がポーズを真似してくださる『【推しの子】』1巻コミックスのカバーイラストも、先生のこだわりがたっぷり詰まっています。例えば、ほかのヤングジャンプ作品ではあまり使わないビビッドな色を使うのも横槍先生のアイデアでした。おかげで書店でとても目立っています。さらに本編の幕間では、横槍先生に単独で、ご自身の視点から各キャラクターを描いた番外編の『【推しの子】-interlude-』もご執筆いただいたこともあります。これは赤坂先生も大変お喜びになられましたが、横槍先生の内容面への理解度も非常に高いからこそ生み出された物にほかなりません。『【推しの子】』は、本当にすばらしい才能の掛け合わせで成り立っている、豪華な作品だと思っています。

横槍先生から、作画面で意見を求められたことはありますか?

キャラクターをアイコンとして見たときのわかりやすさにつながるので「服装は、“コスプレしやすさ”を意識するとよさそうですね」とお話した記憶がありますが、実際に形にするのはマンガ家さんたちのお仕事です。私がぼんやり伝えたことが、想像を超えるクオリティでアウトプットしていただけるので、いつも驚かされます。赤坂先生がデザインラフを提案されることもあります。そこは本当に、お二人とも第一線のマンガ家同士というすごさを感じますよ。

CHAPTER 03

マンガ編集者から見た「集英社」
マンガ編集者から見た 「集英社」

編集者として、担当作品を広めるためにどんな工夫をされていますか?

『【推しの子】』の初期は、意図的に『かぐや様』のコミックスと同タイミングになるように発売日を設定していました。自由度の高い電子版では『かぐや様』のコミックスの巻末に『【推しの子】』の第1話を加えて販売したこともあります。とにかく当初は『かぐや様』読者に認知してもらえるよう、売り場の導線を意識していました。軌道に乗ってからは、先生方にできるだけ気持ちよく仕事をしてもらえるよう、環境を整えたり、気分が乗る差し入れを考えたり、作品に関係する外部の企業さんとの交渉がスムーズに進むよう、段取りを組んだり……とマネジメント寄りの業務にシフトしています。

先日は、先生方と一緒にサイン会のために台湾に行かれたとか。

日本でのアニメ放送スタートからあまり時間をおかずに海外でもアニメが放送されるようになり、海外の版元からイベントやサイン会に先生方を招待したいというお話を数多くいただけるようになりました。『【推しの子】』のイベントで訪れた台湾でも、ファンのみなさんがとても熱く、改めて『【推しの子】』が世界で愛される作品なんだと実感しました。もちろんマンガ家さんあっての話ではありますが、多くのファンの方が集う場に身を置くと、集英社という会社が世界で流行するコンテンツの出発点としてグローバルに認知されていることを肌で感じます。そのなかでも人気のコンテンツを自分が担当させていただけていることは光栄です。

作家さんにとって、集英社は魅力的な出版社なのでしょうか。

いまは作家さんがご自身で作品を発表できる場が増えましたし、複数の媒体で並行して仕事をされる方も多くいらっしゃいます。「ヤングジャンプ」は持ち込みを待っているだけで自然と才能が集まる場ではありません。数多くの選択肢の中の一つに過ぎないのですが、興味を持っていただいたあかつきには、「ヤングジャンプ」で連載することのメリットを提案しながら、作品がうまくいくように、作家の方が求めることに応える。一般的なマンガの編集者としては、それが重要な役割だと思っています。

作家さんにメリットを提供するのは大事ですよね。

じつは、作家さんの間で「集英社の編集者は厳しくて、怖い」というイメージがあったりするらしいのですが……(汗)、「ヤングジャンプ」はまったくそのようなことはありません。それは先に述べた「選んでいただく」というスタンスが根底にありつつ、グラビアがある雑誌ゆえの文化かもしれません。私は主体的にグラビア業務に取り組んだことはないのですが、新入社員時代にグラビアを長年担われていた教習担当の方にいろいろと教わりました。とくにグラビアページの撮影チームのモットーは「どの雑誌の現場よりもおもてなしを充実させる」ということでした。休憩用のおやつも豊富で、スタッフみんなで楽しい現場をつくっているそうです。マンガ編集でも、新人、ベテランを分け隔てせず、マンガ家さんがよい作品を生み出すためならば、あらゆる方向からお手伝いをします。赤坂先生も「ヤングジャンプ」でのデビュー前に集英社のパーティにいらしたとき、まだまだ駆け出しの自分にもよくしてもらえたのがすごくうれしかったと話されていました。それだけで選んでいただけたとは思いませんが、出版社として、未来の才能への投資を惜しまない風土であることは確かです。

CHAPTER 04

就活生のみなさんへ… 「学生時代にすごい経験がなくても問題ありません」
就活生のみなさんへ… 「学生時代にすごい経験が なくても問題ありません」

大学時代の酒井さんは、
どんな学生でしたか?

関西の大学のとある運動部に憧れて、入試を突破して文学部に入りましたが……周りを見渡せば身長185cm体重100kgオーバー、高校時代はスポーツで全国大会に出ていて、それでいて全国模試も一桁みたいな、本当になんでもできる学生が山ほどいたんです。そんな中で自分は取り立てて能力がなく、さらに集団行動があまり向いていないところもあり、1年ぐらいで部を辞めてしまいました。ひとりになってからは、ボディビルダーを目指してトレーニングを重ねましたが、こちらも憧れたような身体には全然なれず……。かと言って学者になれるほど天才でもないので「自分には何も才能がない」と思いながら過ごした学生時代でした。

そこから就職活動で集英社を
目指した理由はなんだったんでしょう。

私が就職活動をした当時、「集英社は面接がすごく多い」という噂が流れていたんです。いま考えるとすごく失礼な話ですが、募集の時期も早かったことから「(他の採用試験の)練習台にしよう!!」と考えたんです(笑)。もちろん、入れるものなら入りたいという気持ちはありましたが、学生時代に何かを成し遂げたわけでもないし、厳しいだろうと思っていました。それでもなんとか入社がかなって……。
面接時には、素直に自身の挫折の経験を話しました。ですから私自身が、集英社に入るのに輝かしい経歴や、スペシャルな経験は必要ないという証明になっていると思います(笑)。むしろ才能がないからこそ、才能ある方々への尊敬と憧れは強いです。集英社の社名には、“英知”を集めるという意味が込められていますが、集まっているのは、才能ある作家さん、関係各社を通じた才能あるアーティストやタレントの皆様の英知です。編集者は、そのサポートをするお仕事で、己が何者かであることを示す仕事ではありません。学生時代に挫折を味わっていて、自分自身は何ができて何ができないかを把握している方が、素直に「本物の才能」と向き合えると思います。

大学時代の酒井さんは、
どんな学生でしたか?

関西の大学のとある運動部に憧れて、入試を突破して文学部に入りましたが……周りを見渡せば身長185cm体重100kgオーバー、高校時代はスポーツで全国大会に出ていて、それでいて全国模試も一桁みたいな、本当になんでもできる学生が山ほどいたんです。そんな中で自分は取り立てて能力がなく、さらに集団行動があまり向いていないところもあり、1年ぐらいで部を辞めてしまいました。ひとりになってからは、ボディビルダーを目指してトレーニングを重ねましたが、こちらも憧れたような身体には全然なれず……。かと言って学者になれるほど天才でもないので「自分には何も才能がない」と思いながら過ごした学生時代でした。

マンガ編集者に興味を持っている方にアドバイスするとしたら?

就活生の方には、「マンガをあまり読んだことがないから」という理由で集英社を選択肢から外してほしくはないです。自分も子どものときに、「少年ジャンプ」のマンガを少し読んできたぐらいの経験しかありません。マンガ家の皆様は絶対にマンガがお好きで、しかも、とんでもなくお詳しいので、その意味では同じ引き出しでは、むしろ役に立たないことすらあります。本当のマンガ好き同士の視点で盛りあがることもあると思いますが、別に編集者はマンガを描くわけではないので本質的には意味はありません。映画でも、小説でも、体験でも、自分がしてきたことや、考えていることを自分の言葉で話すと、むしろ新鮮に感じてくださることが多いように感じます。目の前の作家とまっすぐに向き合い、求めるものに応え、大切だと思うものをすり合わせて、相手の気持ちを察して行動できる人が、すばらしい編集者なのだと思います。もちろん、人と人との仕事ですから、相性はあります。私自身は、たまたま赤坂先生や横槍先生にとって邪魔な存在ではなかったこと、また、歴代の偉大なマンガ家の皆様や社の先輩たちが積み上げてきた「ヤングジャンプ」という雑誌が持つ魅力的な場のおかげで、いまのような成果に恵まれました。決して完璧な人間ではないですが、少なくとも担当させていただいているマンガ家の方の役に立てる存在ではいたいと思いながら、業務に勤しんでいます。

最後に、出版業界や集英社を目指す就活生にメッセージをお願いします。

集英社といえば少年少女たちが楽しむマンガの印象が強く、剣や魔法の世界とは大学生ともなると遠ざかってしまう方も多いと思います。一方で、「ヤングジャンプ」のように皆さんと同世代や大人も楽しめるマンガを対象としているマンガ雑誌もあり、ご自身の興味に沿ったマンガを仕事にできる可能性もあります。私自身も『【推しの子】』で描かれる「芸能界」には興味を持っていました。出版社では、そうした皆さんの興味関心と深く関わった作品が源流となり、アニメなど世界に波及する様々なエンターテイメントに携わることもできます。ただし、マンガを立ち上げること自体は置かれた環境や運にも左右されるのでそれだけに囚われるのは本質的ではありません。直接マンガや書籍の編集に携わる部署以外にも、宣伝部、販売部、ライツ関係部門などたくさんの部署が連携して作品は大きくなっていきます。必ずやどこかで皆さんの得意が生かせる場があります。誰しもが世界に影響を与える作品に携われるのが出版社で働く魅力だと思います。マンガを好きな方はもちろんのこと、そうでない方も、ぜひ集英社を就活の候補の一社に入れていただけますと幸いです。

©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会