2021.12.15

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時代を象徴する名作やスター作家を発掘してきた「出版四賞」

集英社が主催する四つの文学賞

マンガや雑誌のイメージが強い集英社ですが、昭和30年代から本格的な書籍出版に着手し、一流作家の文芸書や文学全集を続々と刊行。現在に至るまで多くの優れた文学作品を発表し、出版業界の発展に寄与してきました。「柴田錬三郎賞」、「すばる文学賞」、「小説すばる新人賞」、「開高健ノンフィクション賞」の四つは、文学作品に力を入れている集英社を象徴する賞。「出版四賞」として毎年注目を集めています。

キャリアのある作家の優れた作品に贈られる「柴田錬三郎賞」

『眠狂四郎』シリーズなどで知られ、大衆の心をうつ名作を生み出してきた故・柴田錬三郎氏の業績を讃えた「柴田錬三郎賞」は、エンタテインメント作品に贈られる賞。2020年度の受賞作は伊坂幸太郎著『逆ソクラテス』、今年度は朝井まかて著『類』と朝井リョウ著『正欲』。これまで中堅やベテラン作家の作品が受賞してきました。すでに高い評価を受けている作家たちへのリスペクトを示すと同時に、今後の更なる活躍を期待する気持ちが込められています。

過去には村山由佳著『ダブル・ファンタジー』が第22回「柴田錬三郎賞」を含め、「中央公論文学賞」「島清恋愛文学賞」をトリプル受賞。それまでの村山作品とは一転し、〝性〟と真正面から対峙した内容で、作家としてより一層ジャンルの裾野を広げた著者の転換点となる作品で、まさに「柴田錬三郎賞」らしい受賞となりました。

純文学の新人を発掘する「すばる文学賞」

1977年からスタートし、2021年に45回をむかえた「すばる文学賞」は、純文学作品に与えられる新人賞。毎年約1300本もの応募がある人気賞です。『蛇にピアス』で第27回「すばる文学賞」を受賞し鮮烈なデビューを飾った金原ひとみ氏は、同作で芥川賞を受賞。昨年『コンジュジ』で受賞した木崎みつ子氏は、同賞候補に選ばれるなど、「すばる文学賞」で発掘された才能ある作家たちは、出版業界という大海原に旅立ち、目覚ましい活躍をみせています。

エンタテインメント作品と違い、物語性に囚われずに表現できる純文学は、社会的なテーマを結晶化させている作品が多いのも特徴。今年の受賞作も、認知症の老女を主人公にした永井みみ著『ミシンと金魚』は介護問題を、女性ボディビルダーを主人公にした佳作の石田夏穂著『我が友、スミス』はジェンダー問題を取り入れるなど、時代の空気に寄り添った現代的な物語が評価されています。

多くのスター作家を輩出してきた「小説すばる新人賞」

1987年創刊のエンタテインメント小説誌「小説すばる」が誇る、新人作家の登竜門が「小説すばる新人賞」。賞の創設以来、30余年の歴史の中で花村萬月、篠田節子、村山由佳、佐藤賢一、荻原浩など多くの人気作家を輩出しています。第22回『桐島、部活やめるってよ』の朝井リョウ氏や第31回『闇夜の底で踊れ』の増島拓哉氏は大学在学中に受賞、第29回『星に願いを、そして手を。』の青葉悠氏は16歳で受賞し、同賞の最年少受賞者に。年齢を問わず、その作家の持つ可能性を第一に評価していることも大きな特徴のひとつです。

「小説すばる」誌上では応募作の中から各編集者の特に心に残った作品に対し、アドバイスを掲載するコーナーも。新人を発掘して優れた作家を育てたいという、本賞にかける編集者たちの熱い想いを垣間見ることができます。
今年の受賞作は永原皓・著『コーリング・ユー』。海を舞台にしたエンタメ作品です。

行動する表現者の名を冠した「開高健ノンフィクション賞」

ルポルタージュ文学の傑作『ベトナム戦記』『フィッシュ・オン』『オーパ!』をはじめとする作品で、日本のノンフィクション文学に大きな足跡を残した作家・開高健。その功績を記念して創設されたのが「開高健ノンフィクション賞」です。ノンフィクションというと、著者が秘境を旅する体験記や冒険ものをイメージするかもしれませんが、選考で重要になるのは客観的な視点。自身が体験して見たものだけでなく、第三者への取材がなされている深みのある作品が歴代受賞しています。

なかでも近年、大きな反響を呼んだのが、動物との性愛を描いた第17回の濱野ちひろ・著『聖なるズー』と、登山家・栗城史多を描いた第18回の河野啓・著『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』。両作品とも常識を覆し、私たちの価値観を根本から問い直す作品としてインパクトを残しました。また今年の受賞作。平井美帆・著『ソ連兵へ差し出された娘たち』も長年の取材を結実させた力作です。事実をもとにしてはいますが、意外性のあるキャラクターの人間ドラマを描くという点では、フィクションとなんら変わりはありません。人と人を分断するコロナ禍を経て、今後も読み手の想像を超えるまったく新しい視点の作品が生まれることでしょう。

各賞に選ばれるのは毎年わずか1本から2本ですが、携わるスタッフはすべての応募作に目を通しています。数か月かかるその作業は大変な労力を要しますが、彼らを支えているのは文学に携わる編集者としての義務以上に、業界を発展させたいという想いです。心躍る文学作品と読者との出会いを橋渡しする「出版四賞」に、これからもご期待ください。

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