2026.01.15
集英社刊 2025年文学賞受賞作品紹介
集英社の刊行作品は、2025年にも数々の文学賞の栄誉に輝きました。作家の執筆活動に伴走し、受賞の喜びを共にした担当編集者の言葉で、5作品をご紹介します。(受賞発表順)。
第66回毎日芸術賞受賞『虚史のリズム』奥泉光

2024年8月5日発売
定価:5,280円(10%税込)
【担当編集コメント】
重さ1.2kg。チワワ1匹、パイナップル1個、広辞苑1冊と同じ重さの本書。堂々たる物量を誇る、いわゆる「鈍器本」です。ただ、注目すべきはその外見ではありません。広い物語の海を泳ぎ切った後では、1.2kgをいとも軽く感じることでしょう。
舞台は1947年、GHQ占領下の東京。私立探偵を志す石目鋭二が、戦地で知り合った元陸軍少尉・神島健作と再会するところから物語が始まります。神島は山形の軍人一家の出身なのですが、彼の長兄夫妻が何者かによって殺害され、石目はこの初めての事件を追うことに。やがて海軍の一大機密が記された「K文書」なる怪文書も絡んで、事態は思わぬ方向へ転がってゆきます。
なんと奥泉さん、連載当初は「今回は失敗してもいいや(笑)」とおっしゃっていました。宣言通りにぐんぐん広がった風呂敷はしかし、最後には奥泉マジックによって魔法のように美しく畳まれ……。ミステリとしてもばっちり決着がついてしまったのでした。
偶然にも、人間の脳もまた1.2kgだそうです。人一人の頭蓋には到底収まらぬ戦後日本社会を、多声的な語りでもって厚く深く描き出した、まさに奥泉節の真骨頂。読まずに死ぬ手はありません。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/kyoshi_rhythm/
新書大賞、読者が選ぶビジネス書グランプリ2025・リベラルアーツ部門第1位、オーディオブック大賞2025・ビジネス部門大賞受賞『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆

2024年4月17日発売
定価:1,100円(10%税込)
【担当編集コメント】
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でわたくしは新書大賞を狙い、そして働いていると本が読めないからみんなの働く時間を減らすべきだということをえらい人たちに知らしめたい……!!!野望!!!」
これは『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(通称『なぜ働』)を「集英社新書プラス」で連載していた2023年5月29日の三宅香帆さんのツイートです。
それから1年9カ月後、この本はほんとうに新書大賞を受賞しました。
三宅さんの「野望」の通り、『なぜ働』はさまざまなメディアで「働くこと」と「読書」についての議論を巻き起こし続けていますし、この本が話題になったことがきっかけで「いま新書界が盛り上がっている」というようなことも言われるようになりました。
それでもまだまだ、わたしたちの「働く時間」は減っていませんし、「働くこと」についての議論は尽きません。
新書という媒体は専門家の知識を、ジャンル問わず一般の人びとにひらくために生まれた媒体です。そして、その読者の中核は「働く人たち」であり続けました。三宅さんも集英社新書も、これからも「働く人たち」に知を届けながら、読者の皆様と一緒に考えていきたいと思います。
第44回新田次郎文学賞、第10回渡辺淳一文学賞受賞
『愚道一休』木下昌輝

2024年6月5日発売
定価:2,200円(10%税込)
【担当編集コメント】
アニメで一躍有名になった一休宗純ですが、とんち以外のイメージがないという方も少なくないのではないでしょうか? 天皇の落とし胤とも言われている一休に着目し、長編小説にするというお話を伺ったとき、完成したらきっと傑作になるという確信めいた思いを抱きました。一休は禅宗の僧侶なのですが、禅の修行で最も重要なこと、それは公案です。「犬に仏性はあるか、ないか?」など哲学めいた問題をもがきながら必死で考え、師匠と密室の中でその答えを示す――という修行。これは門外不出で絶対に秘さなければならないものです。著者・木下昌輝さんは、この公案問答を小説で描こうとします。なんと大胆不敵なことでしょう。前代未聞のことです。未読の方はぜひ、ご高覧ください。
余談ですが、公案の取材で禅寺の住職にお目にかかったときのこと。公案は、答えを知っているだけでは意味がなく、そこに至る己が磨かれているか、はからいを捨てているかを見ていると住職はおっしゃいました。修行の最後に出される公案の答えを教えてもいいぐらいだ、とも。「では、教えてください」と私。住職は「今日はやめておきましょう」とゆっくり微笑まれました。「あんなこといきなり言う人なんていませんよ」と木下さんは驚かれていましたが、どうやら、大胆不敵は著者だけではなかったようです。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/gudouikkyuu/
第13回河合隼雄物語賞受賞
『あのころの僕は』小泉水音

2024年9月5日発売
定価:1,760円(10%税込)
【担当編集コメント】
あなたは、子どもだったころの経験を、当時抱いた感情を、そのままの手触りで思い出すことができますか? 鮮やかだったはずの景色のほんの一部しか覚えていなかったり、かつての自分の気持ちをうまく言葉に置き換えられなかったり、もどかしい思いが沸きはしないでしょうか。
本作は、そんな風にかつての記憶に手を伸ばす、天(てん)の物語です。
母を病で亡くした当時、天は5歳の少年でした。そして時を同じくして彼の前に現れたのは、同じように親との離別を経験した同級生・さりかちゃん。
父を残し、母と二人きりでイギリスから日本に渡ってきたさりかちゃんと天との間には、特別な絆が生まれます。ハロウィンの仮装、世界を救うロールプレイングゲーム、雪だるまづくりに、バレンタインデー。宝物のような記憶が彼の人生に刻まれてゆくのですが、やがて抗えぬ変化が訪れ……。
「主人公の少年のことを、何度も抱きしめたい気持ちになりました」
これは選考委員の小川洋子さんが授賞式で述べてくださったお言葉ですが、主人公の天はもちろん、子ども時代の自分をも一緒に抱きしめたくなるような一冊だからこそ、河合隼雄物語賞が与えられたのではないかと想像しています。
かつて子どもだったころの記憶を持つ私たちはみな、本書を自分の物語として受け止めることができる、いや、受け止めざるをえないはずです。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/anokoro_boku/
第78回野間文芸賞受賞
『世界99』村田沙耶香

2025年3月5日発売
定価:各・2,420円(10%税込)
【担当編集コメント】
「世界を見る目が完璧に変わった」「くらった」「この小説に救われた」——読者の方からの血のにじむような感想が集まる本作は、実は意外にも村田沙耶香さんはじめての長期連載作品です。文芸誌『すばる』での連載期間は、驚異の3年7カ月。通常1年ほどで走り抜ける書き手の方が多い中、地獄のような『世界99』の世界を生き続け、性格のない主人公・空子の一生を追いかけた村田さん。時には体調を崩しながら、文字通り心身を削って書き上げられたのが、上下巻864ページの大作『世界99』でした。
帯では「ディストピア小説」と銘打っていますが、読む方によってはユートピアにも思えるはずの、“ピョコルン”がいるこの世界。架空の世界ではなく、現代日本と確実に地続きの世の中が舞台になっています。空子は、作中に登場する面々は、人類が最後にたどり着いた未来は、私たちのすぐ隣に存在しているはずです。
脱稿直後から、村田さんご本人は「終わらなくて怖かった、もう二度と連載はやりたくない」と言い続けておいでですが、この場を借りて読者代表としてお伝えさせてください。
野間文芸賞のご受賞、ほんとうにおめでとうございます。『世界99』を浴びてしまった我々、村田さんがこの先書いていかれる小説を読み続けずにはいられません。震えつつ、新作を楽しみにしています!