受賞作『空をゆく巨人』川内有緒

【梗概】

 本書は、国籍も職業も生き方も異なるふたりの男の人生と、その類い稀なる友情、そして彼らが生み出してきた「アート作品」を追ったものである。

 ふたりのうちのひとりは、中国福建省生まれの現代美術界の巨星、蔡國強(ツァイ・グオチャン)。文化大革命と共に少年時代を過ごした「失われた世代」の蔡は、1986年、29歳で来日。その後の天安門事件で帰るべき故郷を喪失し、9年を日本で過ごした後に米国に移住した。来日当初は全くの無名だったが、火薬の爆発を使って描く「火薬画」、そして核やテロという社会問題と向き合った作品が世界で評価され、いまやアジアの現代美術界で十指に入る存在となった。
 もうひとりは、福島県いわき市で小さな会社を経営する志賀忠重。商売の才に恵まれ、訪問販売などで財をなした志賀は、どんなに厄介な頼みごとでも軽く引き受けてしまう大きな器を持つ。趣味も幅広いが、アート分野への興味はゼロで、用がなければ地元の美術館にも足を運ばない。

 80年代の終わり、そんなふたりがいわきで運命的な邂逅をとげ、30年にわたり「作品」を世に生み出してきた。蔡がスケッチを描き、志賀とその仲間が形にするという独特の二人三脚である。そうして生み出された作品『いわきからの贈り物』は蔡の代表作と評され、世界7ヶ国の美術館で130万人以上に鑑賞されてきた。 
 ふたりが生み出した最大の作品が、東日本大震災の翌年につくられた「いわき回廊美術館」だろう。公的資金は一切入っておらず、寄付とボランティアの協力で成り立っている。さらに、周辺の山々では、9万9000本の桜の木を250年かけて植樹する「いわき万本桜プロジェクト」が進んでいる。立ち上げたのは志賀で、自分たちの世代が原発や放射能という「負の遺産」を故郷に残してしまったことを激しく悔い、残りの人生を植樹にかけている。時代のうねりのなか、異なる形で「故郷」を喪失したふたりが福島に生み出した「回廊美術館」と「万本桜」。そのふたつは、今や飛行機の両翼のように支え合いながら、未来へと飛行を続ける。

 本書は、ふたりの「巨人」が駆け抜けた冒険ともいうべき30年を追いながら、美術、ひいては「文化」というものの底力を問うものだ。蔡が「キノコ雲の世紀」と呼んだ20世紀が終わり今年で18年。世界にはいまだ核兵器が溢れ、人間同士のリアルな交流は減り、格差や貧困は広がり……、と人々はかつてないような分断のなかを生きている。そんないまだからこそ、アートが生み出した人間物語を伝えたい。


【著者プロフィール】

・氏 名
・年 齢
・現住所

・略 歴

川内 有緒(かわうち ありお)
45歳
東京都

日本大学芸術学部卒業後、米国ジョージタウン大学の中南米地域研究学で修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、フランス・パリの国連機関などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年からはフリーのライターとして評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を開始。自分らしく生きること、誕生と死、アートや音楽などの表現活動が主なテーマ。著作に『パリでメシを食う。』(幻冬舎)、『晴れたら空に骨まいて』(ポプラ社)など。バングラデシュの吟遊詩人たちを追った『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で、第33回新田次郎文学賞を受賞。