受賞作『日蝕えつきる』花村萬月

【梗概】

 貧しい軽井沢宿に生まれ飯盛女をしていた千代は、浅間山の噴火から江戸に逃げてきて三年になる。江戸でも夜鷹になったが、評判だった美貌は無惨に衰え、自分に懸想していた牛太郎の枡目からも嘲笑と憐れみを受ける。商売中、陰部の痛みで唐瘡(梅毒)に罹ったかも知れぬと思った千代は、自分一人では耐えられぬと枡目を誘った。あと十幾年の命かと思うとその長さに気が狂いそうになり、同時に死にたくないと身悶えする。天明六年の元日、患部の腐爛と激痛に排泄もままならなくなった千代は、総後架(便所)で日蝕皆既を知る。千代は自分が浅間のお山になったと感じ、白い息を天に吐くと、もうたくさんだと首を吊る。(「千代」)
 歌舞伎の戯者(やくしゃ)になることを夢見て、京から江戸へ下ってきた吉弥。上方の名女形・上村吉弥のようになりたいと願うが、吉弥程度の才と器量では到底無理であった。ねんねの吉弥だったが、数え十二歳となり、育てられた陰間茶屋で男色修業が始まると現実が見えてくる。後門拡張のつらい日々を乗り越えるも、初めての客に手酷くされて筋が切れ、男の客をとれない躰になった。しかたなく女の客を相手にするが、緩みを整えるため焼けた火箸を突っ込まれた後門が裂けて、気味悪がった客が離れてしまう。躰も心も擦り切れた吉弥は、数え十五歳で井戸に身を投げた。井戸の底に射した日すら陰る様子に、がくりとして命の灯が消える。(「吉弥」)
 喧嘩相手に嵌められ、濡れ衣の人殺しで捕まった無宿者の次二。出生地も名前も出鱈目だが、改められることなく入牢する。牢内は畳一枚に十八人という過密状態で、弱い者から死んでいった。岡引が入牢し、私刑の一環で汚物を食わせられる。「あれ」とそっくりな汚物と蛆に、過去の記憶が蘇る。人の世は餓鬼道にして畜生道、地獄道と思う次二は、ふしぎな稚気で牢内の人気を集めた。吟味方与力に過酷な拷問を受けても、無実を訴え続ける次二。しかし躰は拷問に耐えられなかった。虫の息の次二は、自分は陸奥出身で、飢饉で死んだ両親と妹を食べたのだ──と牢名主に告げる。日蝕えつきて、次二の命もつきた。(「次二」)
 他に「長十郎」「登勢」を収録。天明六年元日に起きた皆既日蝕を背景に、暗黒の死を描く全五編の時代小説集。


【著者プロフィール】

1955年東京都生まれ。1989年『ゴッド・ブレイス物語』で第2回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。1998年『皆月』で第19回吉川英治文学新人賞を受賞。同年『ゲルマニウムの夜』で第119回芥川龍之介賞を受賞。他の著書に『笑う山崎』『ワルツ』『色』『弾正星』『いまのはなんだ? 地獄かな』『ロック・オブ・モーゼス』『完本 信長私記』『武蔵』(全6巻)など多数。