「ダブル・ファンタジー」村山由佳 受賞作

【梗概】

 高遠奈津・三十五歳、脚本家。結婚して十年になる夫・省吾は、テレビドラマの制作会社を辞め、家庭内の仕事を引き受けているが、〈脚本家・高遠ナツメ〉というブランドの共同経営者という感覚で奈津を支配しようとする。子供はいない。
 そんな奈津の元に、ある日、尊敬する演出家・志澤一狼太から公演のチケットが送られてくる。お礼を言うだけのつもりで送った短いメールが、意外にも長尺のやり取りへと発展していく。夫との関係や性に関する相談を重ね、それに対する彼からの答えのあまりの的確さに打ちのめされ、同時に救われもして、やがて抗いようもなく、男としての志澤に惹かれていく。
 志澤との激しい一夜を過ごした奈津は、ますますその恋にのめり込んでいく一方、夫との関係が堪え難いものなっていく。心が拒絶するより先に体が、牝としての生理が、夫という名の異物を一切受け付けなくなり、とうとう家を出る。
 そのころ、志澤からの連絡が途絶える。会いたいと電話をした奈津を、公演を前にした志澤は冷たく突き放す。どん底に突き落とされた奈津は、テレビのレポータとして行った香港で、大学の先輩でかつて付き合ったことがある岩井良介と偶然出会う。翌日、岩井に香港を案内してもらった奈津は、自ら誘い、岩井と関係を持つ。
 岩井とは、会話の愉しさが情事のそれを上回った。信頼出来る異性の前で、ひととき子どもの自分に還る時間ほど心を慰めてくれるものはない。しかし岩井の訪れが次第に間遠になり、奈津が寂しさを感じるようになった頃、奈津の前に大林一也という青年が現れる。
 そして奈津は思うのだった。「女としてまだ間に合う間に、この先どれだけ身も心も燃やし尽くせる相手に出会えるだろう。何回、脳みそまで蕩けるセックスができるだろう。そのためなら──そのためだけにでも、誰を裏切ろうが、傷つけようがかまわない。そのかわり、結果はすべて自分で引き受けてみせる」と。


 

【著者プロフィール】

村山由佳(ムラヤマ・ユカ)
一九六四年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。一九九三年『天使の卵(エンジェルス・エッグ)』で第六回小説すばる新人賞を受賞。二〇〇三年『星々の舟』で第百二十九回直木三十五賞を受賞。二〇〇九年『ダブル・ファンタジー』で第四回中央公論文芸賞、第十六回島清恋愛文学賞を受賞。他の著作に〈BAD KIDS(バッド キッズ)〉〈おいしいコーヒーのいれ方〉シリーズ、『野生の風』『翼』『すべての雲は銀の…』等がある。