【梗概】

 中川と同じ画塾に通っていた「奴」は、高校生の頃から周囲の人々を惹きつける雰囲気を持っていた。一流の美大を卒業後、国費留学を控えて一時的に田舎に帰っていた「奴」と、東京の美大を卒業しながら、失意とともに実家に戻った中川は、四年ぶりに再会し、関係を持つ。ところが「奴」は、手当たり次第に複数の女性と関係を持ち、新興宗教への勧誘を繰り返していた。
 裏切られた中川は、頭蓋の中にありつづける「奴」の影を消し去るために、不器用にも日がな一日肉体の鍛錬をしている。しかし消そうとすればするほど、「奴」の影は日増しに強くなるという悪循環に陥ってしまう。ついに、すべての元凶である「奴」そのものを、鍛え上げた腕力によって屈服させてしまおうと、中川は約束の場所へ赴くが、「奴」は現れなかった。
 いつまでも強くなれない自分自身を思い知り、そして、堅実に暮らそうと諭す兄の優しさにふれ、退屈な日々の中にしか自分は存在し得ないのだと気づいた中川は、ようやく他者の温かい心に触れることができた。自身と外界とを隔てる堅牢な壁など存在せず、元より無限に開かれているのだと知る。

 

【著者プロフィール】

・本 名   瀬戸良枝 (せと・よしえ)
・生年月日  1978年(昭和53年)5月14日
・現住所   東京都豊島区
・出身地   石川県金沢市
・職 業   派遣社員
・最終学歴  近畿大学大学院文芸学研究科修士課程修了