文芸の仕事 文芸編集者インタビュー『海の見える理髪店』直木賞作品が誕生するまで

近くて遠い、永遠のようで儚い家族の日々を描く短編集『海の見える理髪店』(荻原浩著)が、 2016年7月に、第155回直木賞を受賞しました。
『小説すばる』の担当編集者が、作品にまつわるエピソードや、文芸編集者の仕事についてお話します。

profile

平成22年入社。以来、小説すばる編集部に在籍。
歴史時代小説からノンフィクションまで、様々なジャンルを担当しています。
最近、取材を通じて興味を持ったのをきっかけに、バレーボールを始めました!

Question01

まずは、普段の仕事内容を教えてください。

最初のステップは、作家さんに原稿依頼をすること。そこからすべてが始まります。どんな作品をいただけるかをご相談して、連載を開始する時期を決定。執筆前や連載中に取材が必要になれば、その手配や調整をして、現場にも同行します。原稿をいただいたら、場合によっては直しのご提案をすることも。作家さんとやりとりをしながら、ゲラ作業といって、誤字脱字から文章表現まで全体を細かくチェックする過程を経て、校了。これが、雑誌に掲載する作品ができるまでの大まかな流れで、タイミングにもよりますが各編集者が大小合わせて数本~十数本程度の連載を担当しています。
基本的に、『小説すばる』での連載が終わった作品は、その後、単行本、文庫本に。弊社の場合は、それぞれの担当の元でさらにブラッシュアップを重ねることになります。

Question02

2016年7月、入社以来、担当してきた作家さんの一人・荻原浩さんが、『海の見える理髪店』で第155回直木賞を受賞されました。この作品はどのように生まれたのでしょうか。

荻原さんと単行本の編集者と食事をしていた時に、単行本の編集者の家族が理髪店を営んでいるという話になったんです。すると荻原さんが、「その話をください」と……何かピンとくるものがおありだったんでしょうね。いつもは一からご自身で創作されるタイプなので、そうおっしゃる場面を見たのは初めてでした。ただ、今回のように作家さんとの食事やお酒の席での会話が作品に結びつくことは、意外に多いもの。雑談を含めたコミュニケーションの重要性は日々感じています。
荻原さんにはもともと短編の依頼をしたいと考えていたところだったので、ぜひこの理髪店の話を、ということになり、表題作となる作品をいただきました。編集者の話したエピソードとはまったく違うストーリーになっていて、とても感動したのを覚えています。表題作以降も1作ごとにその都度お願いする形で、明確なテーマを決めたわけではなかったのですが、荻原さんが統一感を持たせて書いてくださって、結果的に“家族”や“喪失”を描いた素晴らしい短編集になりました。

直木賞受賞記念の取材で、荻原さんの仕事場にお邪魔しました。
一緒に写っているのは、インタビュアーをつとめてくださった、
書評家・ライターの藤田香織さん。

Question03

『海の見える理髪店』が完成するまでの過程で心に残っていることは?

私にとっては、大変な作業などはまったくなく、楽しいばかりで申し訳ないくらいでした。例えば、取材に関しても、荻原さんはこちらが準備をするまでもなく、いつの間にかご自身で理髪店に行かれていたり、別の短編で出てくる画家の仕事について勉強されていたり。原稿に関しても、最初にいただいた時点で、選び抜かれた言葉で作品が美しく織り上げられていて。さらにゲラ作業の段階では「てにをは」や句読点1つに至るまで一切の妥協なく手を加えてくださっていたんです。その誠実な仕事ぶりを目の当たりにすると背筋が伸びる思いで、「絶対に間違いがあってはいけない」と気を引き締めて入稿していた記憶があります。

Question04

直木賞の受賞が決まった時の気持ちを聞かせてください。

本当に嬉しかったです。荻原さんのように1作1作真摯に執筆してこられた方が、作家生活20年目を目前にして受賞されたというのは、特別なことだったように思います。実際、他の作家さんたちからも「荻原さんの受賞が励みになった」という声をたくさんいただきました。
発表の日は、荻原さんと、単行本と文庫本の編集者と私、そして各編集長で食事をしていたんですが、受賞が決まった瞬間、いい大人たちが大歓声を上げてガッツポーズ(笑)。各社の歴代の編集者さんや書店員さん、ファンの方も自分のことのように喜んでくださって、パーティーやサイン会の会場は笑顔でいっぱいでした。私の中で印象深かったのは、小誌で荻原さんの作品を担当して、陰で支えてきてくださった社外の校正者さんが、今回の受賞を心から喜んでくださったこと。ご本人はもちろん、作品に関わってくださったみなさんの大きな幸せになった出来事でした。

『小説すばる』掲載の6つの短編を収めた『海の見える理髪店』。最終話の「成人式」は、2015年12月号に掲載されました。

Question05

受賞後ならではの仕事にはどのようなものがありましたか?

新聞や雑誌の取材、テレビの収録、パーティーへの出席、エッセイやサイン会の依頼など、たくさんの仕事が舞い込み、荻原さんはとても大変だったと思います。私たちスタッフ側は、編集と営業で一丸となってそれをサポートすべく努めました。
また、『小説すばる』では、2016年12月号に荻原さんの受賞記念特集を企画。20年の作家生活を振り返るロングインタビューと、これまでの全35小説作品を、ご本人のコメント付きで紹介する濃密な内容で、私にとっても改めてすべての作品の魅力を確認するいい機会になりました。

Question06

最後に、小説誌の編集の仕事の醍醐味を教えてください。

一番に挙げられるのが、作品のファーストリーダーになれること。作家さんからいい原稿をいただいた時は、こんなに嬉しいことが他にあるだろうかというくらい幸せです! 早朝、誰もいない編集部で原稿を読んで、こっそり泣いたりすることも(笑)。『海の見える理髪店』の時も、毎回目頭を熱くしていました。同時に、いま世界中でこの作品を読んでいるのは作家さん以外には自分だけなんだと思うと、ある種の怖さもあって。「早く、きちんと、届けなければ」という責任も感じますね。
そして、さらに大きな喜びを感じるのが、読者の方の声に触れた時。先日、スマホを操作するのも困難な満員電車で、ハードカバーの本に夢中になっている方がいて、手元を見たら『海の見える理髪店』だったんですよ! 他にも、書店の特設コーナーに足を運んだ時に、大学生くらいの男の子たちが『海の見える理髪店』を持って「うちの親父がこれ読んでた」「面白そうだよね」なんて会話をしていたことも。
小説は、出来上がって終わりではなく、雑誌や単行本や文庫本、それぞれに関わるたくさんの人の手を通して世に出て、そして読者の方が手に取って読んでくださって、本当の意味で初めて作品が完成する。そう実感するようになった現在は、読者の方から感想や反応をいただく瞬間が一番幸せかもしれません。
※インタビューは2016年11月時点の内容です。

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