高校生のための小説甲子園

優秀賞の発表

恋愛、ファンタジー、冒険、ミステリー、時代もの……ジャンル不問のフレッシュなオリジナル短編小説を募集する高校生限定の文学賞「高校生のための小説甲子園」。
応募者が通う学校の所在地により全国を7つのブロックに分けて予選を実施いたしました。選考の結果、予選通過原稿8作品(各ブロック1作、本年は東京ブロックから2作)が出揃いました。
2023年10月22日に実施された「村山由佳先生による小説ワークショップ&本選」に参加した予選通過者の8名は、その場で出されたテーマ「涙」をもとに原稿用紙3枚程度の小説を執筆、予選の作品と本選の作品をあわせて第4回の優秀賞が選ばれました。

東海・北信越ブロック代表 とわ(聖マリア女学院高等学校3年)応募作『囀る観覧車』
課題作『過去の夢』

本選のレポートはこちら

〈 総評 〉村山由佳先生

 第4回「小説甲子園」、今年もたくさんの応募作をお寄せ頂き、ありがとうございました。湊かなえさんから大役を引き継ぎ、今回から参加させて頂くと決まった時、なんて素敵な試みだろうと胸が躍るとともに、正直、不安もありました。

 何しろ、書くのは皆さん、高校生です。全国各ブロックから選び抜かれるとはいえ、作品の出来がどのくらいのレベルのものであるのか見当も付きません。いくら本選に残ったとはいえ全員が作家を目指しているわけではなかろうし、一般の小説新人賞の公募とも違うのだから、本選の日はその人のできるだけ良いところを見つけて、褒めて伸ばすことを心がけよう……そんなふうに思っていたのです。

 今ここで、不見識をお詫びします。

 ごめんなさい。皆さんの力を甘く見ていました。

 できるだけ良いところを見つけるも何も、予選通過作品のどれもがあまりに良すぎて、一編また一編と読み終えるたび唸るばかりで声が出ないくらいでしたし、そして本選、こちらはなんたることか時間制限があります。私からいきなり〈涙〉というお題を与えられ、何をどう書くか考えている間にも、周囲からはパソコンのキーを叩く音やペンが紙をこする音がする……。原稿用紙三枚前後の作品を完成させる間じゅう、いったいどれだけの緊張を強いられたことでしょう。

「小説甲子園」は、答えの決まっているテストとは違います。たとえ他人の〈答案〉が見えたところで何の参考にも助けにもならない。

 それだけに、あの緊迫した時間の中で皆さん一人ひとりがとことんまで自分自身と向き合った成果は、予想を超えて素晴らしいものでした。その人だけの観察眼や問題意識、価値観や死生観、何に感動し、何を好きなのか、ある物事についてどこまでなら譲れてどこからは許せないのか─それら、生きてゆく上で大事なことすべての〈カケラ〉が、意識的だったかどうかにかかわらず短い物語の中に滲み出ていて、一人ひとりの持ち味がみごとに表れていました。

 何しろ甲子園と名前がついている以上は〈試合〉なので、どうしても誰かを選ばなくてはいけなかったわけですが、目に見える賞状を手にできなかった皆さんも決して負けたわけではありません。たった一時間半の中で、与えられたテーマに沿って自分だけの物語をきちんと完成させられる人が、この世界にいったいどれだけいると思いますか。堂々と胸を張って下さい。皆さんを尊敬します。

 選考、というのは怖ろしい行為です。自分が相手を吟味し選考しているつもりでいて、じつは自分が吟味されている。何かを選ぶ時、私は、それを選ぶ私自身の価値観や能力、いわば人間を試されているのだと思っています。

 今回も、だから心底悩み、迷いました。同じ場にいた信頼する担当編集者たちにも相談しましたが、最終的な決断は私が下しました。

 特別賞に選んだ二人のうち、まず関東ブロック代表・藤原和真さんは、予選通過作品が抜きん出て素晴らしかった。おそらく、予め読んでいた他ブロック代表の皆さんにも鮮烈な刺激を与えたことと思います。それに比べてしまうと本選での作品がちょっと弱くて残念だったのですが、何しろ他にはない強い個性と実力を持っている人ですから、この先に期待せずにいられません。

 もうひとかた、近畿ブロック代表・田平麻莉さんは、とにかく文章がいい。じつに艶っぽくて味わい深い、と同時に抑制のきいた文章を書かれる方です。文章に色気があるかどうかは持って生まれた声の美しさのようなもので、その人の作品をもっと読みたいと思わせてくれるかどうかにも関わってきます。ぜひ持ち味を大事にして、ますます磨いていって下さい。

 さて、今回みごと優秀賞に輝いたのは、東海・北信越ブロック代表・とわさんでした。予選本選ともに、通常なら小説には仕立てにくい題材を独自の視点から切り取って作品に仕上げているところが強く印象に残りました。大きな出来事は何も起こらないのに、主人公の心の中には間違いなく変化が起きている。予選通過作品に対して私は二つばかりの注文を抱いていたのですが、本選ではそこを軽々と超えるような作品を読ませてくれました。

 結婚して子をなした主婦が、カレーを煮込みながらとうにあきらめた昔の夢について忸怩たる想いに沈み、しかし幼い娘の言葉から一つの大きな受容が心に生まれ、現在の自分を肯定しつつ新しい自分をも見つけてゆく─この自然な流れ。人が歳を重ねてゆくことの哀しみと愉しみ、弱さと強さを、十代の作者がここまで書ききってみせたことに感動を覚えずにいられませんでした。堂々の受賞、おめでとうございます。

 言葉で物語を紡いでゆく時、私たちは望めば何者にでもなれます。けれどどんなに望んでも、書き手としては自分以外のものになれません。巧くなりたいなら、人を感動させたいなら、まずは自分自身の内側を豊かにふくらませ、磨いてゆくしかない。少なくともその一点については、プロもアマも、性別も年齢も関係ないのです。

 皆さんと同じ地平を見つめて進んでゆけることを心から嬉しく思います。

〈 優秀賞作品 〉

〈 ブロック代表8作品 〉

北海道・東北ブロック
『わたしとおとうと』後藤 恵生(秋田県立秋田高等学校3年)
関東(東京以外)ブロック
『あなた以外のあなたの淘汰』藤原 和真(茨城県立竹園高等学校2年)
東京ブロック
『ヴィオレッタの恋煩い』小田 満喜(早稲田実業学校高等部2年)
東京ブロック
『古書店』遠藤 泰介(海城中学高等学校2年)
東海・北信越ブロック
『囀る観覧車』とわ(聖マリア女学院高等学校3年)
近畿ブロック
『あんず色の縁側』田平 麻莉(須磨学園高等学校1年)※応募時ペンネーム:あさり
中国・四国ブロック
『沈黙の海』月途 太陽(徳島県立徳島北高等学校3年)
九州・沖縄ブロック
『霜月の追憶』千歳 美紅ちさい みく(長崎県立長崎東高等学校1年)

※応募者多数につき本年の東京ブロック代表者は2名となります。

第5回『高校生のための小説甲子園』は2024年春に募集を開始する予定です。
皆さまのご応募を心よりお待ちしております。

〜村山由佳先生プロフィール〜

東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て作家デビュー。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジ―』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞。21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。

©露木聡子

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