浮雲心霊奇譚

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神永学が贈る怪異謎解き時代劇
読み手のイメージを刺激するような
時代小説を目指したい
赤い瞳で幽霊を見ることができる〝憑きもの落とし〟の浮雲と、絵師を目指して奮闘中の青年・八十八。おなじみの名コンビが数々の怪事件を解決してゆく、神永学さんの人気時代ミステリー「浮雲心霊奇譚」。五冊目となる最新作『浮雲心霊奇譚 呪術師の宴』は、シリーズ史上初の長編作品です。近藤勇の依頼を受け、神楽坂の武家屋敷で起こった心霊騒ぎに関わることになった浮雲と八十八。そこで二人を待ち受けていたのは、あちこちから招かれた霊能者たちと、不可解な殺人事件でした。陰謀渦巻く幕末を背景に、魅力的なキャラクターが火花を散らす圧巻の物語世界について、今年デビュー十五周年を迎える神永さんにうかがいました。 聞き手・構成=朝宮運河
どこを切っても面白い、
シリーズ初の長編作品
──前作から約一年ぶりとなる「浮雲心霊奇譚」は、シリーズ初の長編作品ですね。神永さんは以前からこの世界で長編を書いてみたい、とおっしゃっていましたが、実際に執筆してみていかがだったでしょうか。

事前にプロットを作る時間が取れず、見切り発車での連載(「小説すばる」)スタートでしたが、結果的にとても満足のいく作品になったと思います。着地点を決めずに書いていたので、毎回締め切り前にはひやひやでしたが(笑)、お蔭で僕自身にも予想のつかない物語に仕上がりました。執筆前にきっちり設計図を描いてしまうと不安がない反面、そこから外に飛び出せないというマイナスもあります。作家になって十五年、これまで色んな執筆スタイルを試してきましたが、大きな流れだけ決めてあとは走りながら考えてゆく、というやり方が一番合っている気がしますね。

──旧知の近藤勇から浮雲に持ちこまれた依頼。それは神楽坂の武家屋敷・堀口家で起こっている心霊事件を解決してほしい、というものでした。八十八を伴い出かけていった浮雲は、そこで堀口家に集められた大勢の霊能者たちと対面します。一癖も二癖もありそうな霊能者たちが一堂に会する序盤のシーンから、手に汗握る物語がノンストップで展開してゆきます。

面白い小説とは何かとあれこれ悩んだ時期もありましたが、結論としては「読者を楽しませられる小説」こそ最高のエンターテインメント。ここ数作はできるだけ無駄なシーンを省いて、読者に立ち止まる余地を与えないくらい、スピーディーに物語を展開させるよう心がけています。そうすることでこれまで以上に、力強さや面白さが生まれるんじゃないかなと。今作は雑誌連載ということもあって、特にその傾向が強いですね。堀口家に関わる人間たちが徐々に消えてゆき、それにつれて事件に隠された真相が浮かんでくる。そんなストーリーの流れの上に、幾つもの見せ場を作っていきました。

──堀口家の嫡男・浩太朗は何者かの呪いによって、幽霊に取り憑かれていました。除霊に乗り出した浮雲たちですが、その眼前で不可解な殺人が発生。単純そうに見えた事件の裏側に、大きな陰謀が介在していることが分かってきます。

今回の長編で表現したかったのは、幕末という時代ならではの価値観の揺れ動きです。佐幕派と討幕派が入り乱れていたあの時代には、昨日の味方が今日の敵になるような動きが、現実にもありました。それぞれが正義や大義を抱いて、水面下で激しく争っている。かつては圧倒的な力を持っていた武家が弱体化し、町人たちが台頭してきています。堀口家で起こった一連の事件も、明らかにこうした時代を反映しているんです。

──そんな世相の動きに、浮雲もまた無関係ではいられません。今作ではこれまで謎のベールに覆われてきた浮雲の過去が、少しだけ明かされます。シリーズ中もっとも浮雲自身にスポットを当てた作品、といえるかもしれません。

そうですね。長編を書くなら、浮雲の過去をより深く掘り下げようと決めていました。といっても具体的なエピソードはまだ明かさない。作中にキーワードをちりばめることで、彼がこれまで歩んできた人生や葛藤のようなものをそれとなく匂わせた程度です。ミステリーの部分とはまた別に、今回なぜ浮雲が事件に関わろうとするのかも、ひとつの読みどころになっていると思いますね。

人形のように生きる女性、朱葉 ──堀口家を訪れた八十八は、あるきっかけで知り合った巫女装束の女性・朱葉と再会を果たします。多彩なキャラクターが登場する本作でも、「渡り巫女」として放浪の人生を送ってきた朱葉は、とても強い印象を残すキャラクターですね。

朱葉は美しいけれど、表情に感情がこもっていない。八十八も言っているように、人形を思わせる存在なんですね。こうしたいという意思を持たず、言われるがまま、流されるままに生きてきた。それはある意味、この時代の女性全般の象徴でもあるんです。当時の女性は親に決められた相手と結婚するのが当たり前、借金のかたに娘が売り飛ばされるなんてこともありました。現代とは女性の立場が、かなり違っていたんです。

──そんな朱葉が八十八や浮雲と関わりを持つことで、徐々に変化してゆく。そうした人間ドラマも、物語に深みを与えています。

八十八は裕福な商家に生まれながら絵師を目指している。当時としてはやや変わり者の青年です。浮雲にしても身分制度に縛られる人たちを、あざ笑うだけの自由さを持っています。そういう人たちと接することで、朱葉の内面がどう変わっていくのか。そこにも注目してもらいたいですね。社会の風潮に逆らうのは勇気がいることで、それは今日でも変わりません。多様性が大切と言いながら、人と変わったことをしようとすると、途端に生きづらくなってしまう。朱葉をめぐる物語には、寛容さを失いつつある現代社会への風刺も込めているんです。

──試衛館道場師範の近藤勇に少年剣士の沖田宗次郎、薬売りの土方歳三、そして浮雲の過去を知るらしい遊女・玉藻。今回もおなじみのキャラクターが、生き生きと動き回ります。シリーズを書き継いできて、キャラクターに愛着は湧きますか?

当然湧くんですけど、あまり思い入れが強すぎると、苦しい目に遭わせることができなくなるので、距離感を保つようには意識しています。よく役者さんで「自分はこの役を生きています」という方がいますが、本当に役になりきってしまったら、観客に向けて演じることができない。小説家も同じです。ただ土方歳三の過去については、個人的にすごく気になります。薬の行商人として各地を巡る暮らしのなかでは、様々な事件があり、女性の存在もあったはず。土方の過去編はいつの日か書けたらいいですね。

──他人を意のままに操る絵師にして呪術師・狩野遊山も、本シリーズを語るうえでは欠かせないキャラクター。今回も八十八の前に、その不気味な姿をたびたび現します。浮雲と過去に因縁があるらしい遊山とは、一体どんな人物なのでしょうか。

遊山は単純に悪人と割り切れるような人物ではありません。呪術で他人を操り、時には破滅に追いやりますが、それはあくまで目的のため。彼には彼なりの大義があって行動しているんです。その大義が浮雲たちと敵対することもあれば、一致することもある。さきほども言いましたが、幕末は善と悪、敵と味方がころころ入れ替わった動乱の時代です。遊山と浮雲の一筋縄ではいかない関係性からも、時代の雰囲気が伝わってくるはずです。

──物語後半には、歴史上有名な人物の名が登場します。本作は幕末の世を揺るがせた「ある事件」の前日談としても読むことができますね。

ちょっと調べてもらうと、史実との繋がりが見えてきて面白いと思います。ただしそれはあくまでサブの要素。歴史知識については、そこまで具体的に書き込む必要はないと考えています。以前、戦国時代が舞台の時代小説を書いた際に、「武田信玄って誰ですか?」という感想をもらったんですよ。かなり驚きましたが、見方を変えると、武田信玄を知らなくても僕の小説を楽しめたということ。このシリーズでも史実をただ記すのではなく、あくまでキャラクターの動きや物語を通して、時代の空気を伝えられたらと思っていますね。

──確かにそうですね。具体的な年号は書かれていないのに、急激に変わりつつある幕末の世相が、ありありと浮かんできます。

小説の面白さって、不足していることだと思うんです。最近は作者の頭の中をコピーしたような、情報のぎっしり詰まった小説が増えていますが、その方向性だと逆立ちしても映像には敵わない。語られない部分を想像するのも、読書の大きな楽しさですよね。僕の文章はよく「映像が目に浮かぶ」と言われるんですが、実は視覚的な描写をあまりしていない。読者の皆さんがそれぞれ、風景を思い浮かべてくれているんです。これからもできるだけ年号や人名に頼らずに、読み手のイメージを刺激するような時代小説を目指したいですね。

作家デビュー十五年、
打席に立ち続ける作家でありたい
──実戦に即したリアルな剣術シーンも、このシリーズの大きな特色。この巻では堀口家に雇われた剣士・河上彦十郎と、後の新選組となる近藤、沖田、土方の殺陣のシーンが迫力満点に描かれています。

屋内での殺陣を描きたいと思っていて、今回やっと書くことができました。屋内だと天井やはり梁にぶつかるので、剣を上段に振りかざすことができない。細かくさばきながら、突きをくり出す動きが中心になります。時代劇のチャンバラシーンでは、侍が「出会え、出会え!」といって中庭に飛び出してきますが、あれも屋内の殺陣ではなかなか見せ場を作りにくいからだと思います。狭い空間を利用しながらどう戦うか。自分なりに工夫して描いてみました。

──長年剣術を学ばれている、神永さんらしいこだわりですね。

去年は忙しくて、まったく道場に通えませんでしたけど(笑)。そろそろ殺陣のアイデアを仕入れに、顔を出さないといけないなと思っています。僕は資料を読み込むより、自ら体験することで作品のヒントを得るタイプです。今後も剣術に限らず、新しいことにチャレンジしながら、時代小説の描写に活かしていきたいですね。たとえば最近では、落語や講談を聞きにいくようにしているんです。江戸時代の庶民の暮らしがよく分かりますし、日本人の好む普遍的な物語のパターンの宝庫ですから。

──浩太朗を呪っていたのは何者なのか。そしてその真の目的は? 堀口家を舞台にくり広げられる呪術師たちの妖しい〝宴〟は、読者の予想を超えた結末を迎えます。壮絶な事件を経て、いよいよ風雲急を告げてきた本シリーズ。今後はどう展開してゆくのでしょう?

これまでの四冊は時代が大きく動く寸前で足踏みをしている感じでしたが、今回ついにその中に一歩を踏み出しました。この先さらに踏みこむと、二度と後戻りができません。ますます時代は混乱し、浮雲たちもそれに巻きこまれていくでしょうね。後の新選組隊士だけでなく、そろそろ攘夷派の人間を登場させてもいいかなと思っています。三巻から登場した陰陽師・蘆屋道雪についても、もっとエピソードを書きたいですね。道雪は遊山と違って、自らの楽しみのために罪を犯す人物。道雪が絡んでくることで、さらに物語は複雑になってゆくはずです。

──ところで、昨年から今年にかけては作家デビュー十五年ということで、これまでの作家人生をふり返って、どんな感想をお持ちですか。

僕が作家を続けてこられたのは、ひとえに読者のお蔭。ファンに支えてもらった十五年間と思っています。自分の実力不足を実感することも多いのですが、小説を書きたいという思いの強さでは、誰にも負けていません。野球にたとえるならとにかく打席に立つことが大切だと思っているので、これからもハイペースで作品を出し続けたいですね。目指すは「鉄人金本」です(笑)。昨年刊行した作品の書評で、書店員の小峰麻衣子さんが「神永学の若年読者への貢献を感謝したい。それは本を読む楽しみを、中高生に教えてくれたことだ」と書いてくれて、とても嬉しかったんです。僕が目指すべきところはそこだな、と思いました。これからも小説の面白さを伝えられる作家として、クオリティの高い作品を書いていきたいです。

──昨年は単行本・文庫合わせて七冊もの作品が刊行されましたね。二〇一九年もたくさんの新作が読めることを期待しています。

今年はデビュー十五年の後半戦として、書き下ろしが少なくとも二冊は出るはずです。他にも新作の予定がありますし、「小説すばる」では「浮雲心霊奇譚」の新章もスタートします。長編を経て勢いづいた物語がどう進展してゆくのか、自分でも楽しみにしているところですね。

──では、これから『浮雲心霊奇譚 呪術師の宴』を手にする読者に向けて、メッセージをお願いします。

ずっと書きたいと願ってきた「浮雲心霊奇譚」の長編です。一話完結の短編とは違って、大きな流れのあるストーリーの中で、浮雲たちの動きを描くことができました。次々と展開する物語は、読者の皆さんと「併走する」というより、どんどん先を突っ走るという感じ。現時点で僕が考える、小説の面白さが詰まった作品になったと思います。江戸時代ならではの価値観を描きながら、自分で考えて生きることの大切さや、多様性の尊重など現代にも通じるテーマも含んでいる。従来のファンはもちろんですが、これまで時代小説を読んだことがない、という若い読者にも手にしてもらいたいです。