浮雲心霊奇譚

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神永学が贈る怪異謎解き時代劇
幕末という嵐の前触れ
─混迷の時代に向けて物語は加速する
赤い瞳で死者の霊を見ることができる〝憑きもの落とし〟の浮雲(うきくも)と、絵師を志す青年・八十八(やそはち)の名コンビが、武家の娘・伊織(いおり)、薬売りの土方歳三(ひじかたとしぞう)らおなじみの面々とともに不思議な事件を解決してゆく時代ミステリー「浮雲心霊奇譚」シリーズ。四冊目となる『浮雲心霊奇譚 白蛇の理』で扱われるのは、白蛇、猫、狐と動物にまつわる三つの怪異です。明治維新を目前に控えた不安な時代を背景に、人間の光と闇を力強く描ききった最新作について、著者の神永学さんにうかがいました。 聞き手・構成=朝宮運河
江戸時代ならではの妖艶さを、
前面に押し出して
──「浮雲心霊奇譚」シリーズも早くも四巻目。今回は表題作「白蛇の理」をはじめ、「猫又の理」「狐憑(きつねつき)の理」と動物の名を冠したエピソードが三編収録されています。

三編収録という規定路線のなかで、何かひとつテーマを設けたいと思ったんです。それで「動物縛りはどうだろう」というアイデアを思いついた。そこでまず書いたのが、表題作の「白蛇の理」ですね。冒頭に蛇を持ってきたのは、僕自身が大嫌いな生き物だから(笑)。出身地の山梨は蛇が多いところで、夜道を歩いていると草の陰からかさかさっと這い出してくるんですよ。暗闇からじっと見られているあの感覚がすごく嫌で、自分のトラウマ的な体験を〝掴み〟としてもってきたんです。一方で蛇は昔から神格化されていて、エロティシズムの象徴のようにも扱われています。「浮雲心霊奇譚」の特色として、僕の他のシリーズにはない江戸時代ならではの妖艶さがあると思っています。「白蛇の理」ではそうしたエロティックな要素を、さらに前面に押し出してみることにしました。

──雨宿りのために立ち寄った廃寺で、八十八は見知らぬ女に人捜しを頼まれます。以来、八十八は淫らな夢と白蛇に悩まされるようになり、浮雲に相談を持ちかけます

これまでさまざまな事件に立ち会うことで、八十八も人間的にひと回り大きくなりました。しかしこのままでは単なる真面目人間になってしまうな、という不安もあったんです。伊織との恋愛もなかなか進展しませんし、このあたりがこれまでと違った角度から成長させるタイミングだと思ったんですね。それで性的な面での経験、といっても具体的な何かがあったわけではないんですが、大人の階段を半歩上るようなエピソードを扱うことで、八十八の物の見方を変えてやりたかったんです。

──事件の背後を探ってゆく八十八は、暴漢たちに襲われます。それを救ってくれたのが、これまでも幾つかの事件に関わってきた謎の美女・玉藻(たまも)。色街の女らしく、浮雲とも縁があるらしい玉藻は魅力的なキャラクターですね。

玉藻がどういう人生を歩んできた女性なのか、大まかなプロフィールは頭の中にあります。でないと言動がぶれてしまいますから。でもミステリアスなキャラクターを描く場合、ある程度ファジーさを残しておくことも大切だと思っているんですよ。きっちり決めてしまうと、作者がそこに引きずられて、自由な発想ができなくなるので。そこはどのシリーズでも意識しているところですね。プロフィールが明かされないことで、より魅力が引き立つタイプのキャラクターもいる。余白を想像できるのも、活字の面白さかなと思います。

──江戸時代ならではの価値観や物の見方を取り入れているのも、このシリーズの特徴です。「白蛇の理」では遊郭・遊女という存在がクローズアップされますね。

江戸時代の遊郭というのは、現代の風俗とはニュアンスが違います。たとえば吉原の花魁(おいらん)は今でいうアイドルに近い存在で、高い料金を払っても会えないことがざらにあった。遊び方が即物的じゃなくて、余裕があるというか、粋だったんですよね。遊女が体を売りながら、プラトニックに誰かを恋するということもあったようですし、体を売っていることへの偏見もあまりなかった。この作品で描いたような恋愛も、江戸時代ならありえたはずです。このシリーズで意識しているのは、文体は現代的であっても、価値観や物の見方は江戸らしくということ。現代小説しか読んだことがない若い読者にとって、時代小説の入門編になれたらと思っています。 シリーズを一段上のレベルへ押し上げたい

──続く「猫又の理」では、化け物が出るという廃屋に忍び込んだ侍が、妖怪・猫又に苦しめられます。八十八からその話を聞いた浮雲は「おれの専門は幽霊だ」「おれの領域じゃねぇ」と一度は断ります。

浮雲はあくまで幽霊が見える特異体質であって、怪異全般の専門家ではないんですよ。だからどの事件でも基本的には幽霊絡みということにしているんですが、猫又だけはいくら資料を調べても妖怪としか出ていなくて(笑)。それでいっそ妖怪の話を書くことにしたんです。妖怪というのは、当時の人々の恐怖心や見間違いが、民間信仰や教訓と結びついて生まれたものだと思います。じゃあどういう背景で猫又という妖怪が誕生したのか、そこを入り口にしてストーリーを組み立てていきました。

──侍の家を訪れた八十八たちは猫又に遭遇。巨大な妖怪に少年剣士・沖田宗次郎(おきたそうじろう)(後の総司(そうじ))が立ち向かうアクションシーンも、大きな読み所になっています。

子母澤寛(しもざわかん)さんの小説に登場する有名なエピソードなんですが、晩年の沖田総司が猫を斬れないことで自分の衰えを覚(さと)る、という話があります。猫の話を書こうとして最初に浮かんだのが、この沖田と猫の因縁でした。晩年の沖田はなぜ猫を斬ることに執着したのか。幕末ファンなら「そういうことか」と喜んでくれるのではないでしょうか。宗次郎にとって竹刀や木刀を使った戦いはまだ遊びのうち。真剣を握った瞬間、命を懸けた本気の斬り合いになる。スポーツの試合などでも見られる、心のギアが切り替わる一瞬も、猫又との殺陣(たて)シーンでは描いてみました。

──ミステリーと怪談のバランスが今回も絶妙ですね。廃屋を無数の猫がうろついているシーンには、ゾクゾクさせられるものがあります。

これも子どもの頃の記憶で、一時期、我が家はぼろぼろの茅葺き屋根の家に住んでいたことがあるんですよ。しばらくして引っ越したんですが、後日空き家になったその家に行ってみると、破れた障子や土壁の向こうから猫の鳴き声が聞こえてきた。廃屋にいる猫ってこんなに怖いんだ、とあらためて思いました。意図したわけではないんですが、この巻は僕自身の経験があちこちに反映されていますね。

──浮雲の鋭い洞察力によって、一度は解決したかに見えた事件。しかし三巻にも登場した陰陽師・蘆屋道雪(あしやどうせつ)が、浮雲たちの前に立ちふさがります。他人の人生をもてあそぶ道雪は、なんとも不気味な存在感を放つキャラクターです。

道雪はある意味、価値観が明確なキャラクターで、重視しているのは自分が面白いと感じるかどうかなんです。そのために人を殺しもするし、あえて生かしておいたりもする。能面で顔を隠しているという外見も含めて、得体の知れない、悪のトリックスターのような人物ですね。このシリーズには浮雲の敵役が二人出てくるんですが、自分なりの大義に従って行動している狩野遊山(かのうゆうざん)とは違って、道雪は楽しみを求めて、望んで悪の道に踏み込んでいます。「これなら遊山の方がましだな」と読者に思わせることができれば、道雪のキャラクター設定としては大成功。作者としても先の動きが予測できないので、どう物語に絡んでくるのか楽しみなところです。

──三話目の「狐憑の理」では、商家の娘の狐憑きと稲荷神社での幽霊目撃談。二つのルートから浮雲のもとに持ち込まれた事件が、大きな陰謀へと繋がってゆきます。幕末という時代を色濃く反映した、読み応えのあるエピソードです。

明治維新といっても、ある日突然起こったわけではありません。そこにいたるまでには武士の幕府に対する不満があり、それを支援する町人の動きがありました。最終話にはそうした情勢を象徴させる事件に、八十八たちを遭遇させたかったんです。この巻は、混迷の時代がすぐそこまで迫っているぎりぎりの時期です。「狐憑の理」で描いたのは、嵐の前触れのようなエピソード。狐憑の出た家は周囲から疎まれるという当時の言い伝えがあって、そこから生まれたトリックを中心に組み立てていますが、シリーズ全体を通してみたときにターニングポイントと呼べるような作品になったと思います。

──事件の背後では、浮雲の宿敵・狩野遊山が動いていることが明らかになります。佐幕派・倒幕派が入り乱れる時代のなか、遊山がどんな役割を果たすことになるのかも気になるところです。

遊山には彼なりの大きな目的があって、その遂行のために動いています。今はその布石を着々と打っている段階。その過程では佐幕派・倒幕派どちらの側につくこともありうるし、もしかすると浮雲や土方とだって共闘することもあるかもしれません。道雪とはまた違った意味で、油断のならない人物ですから。今回、遊山と浮雲との因縁についてやや踏み込んだ描写をしていますが、浮雲の過去については、書くならば外伝のような形でしっかり正面から書きたいですね。

──一話読み切りのスタイルでありながら、大きな時代のうねりをも感じさせるこのシリーズ。今後の展開について考えていることはありますか。

やってみたいことはたくさんあります。これまでは分かりやすさを重視して、屋外の剣術シーンばかり書いてきたんです。屋内だと刀が天井や梁(はり)に当たりますから、立合いの仕方が変わってくる。五巻以降はそうした屋内の剣術シーンも取り入れていけたらいいなと。「心霊探偵八雲」の五巻を書こうとしていた頃、当時の担当編集から「八雲を出すな」という条件を出されたことがありました。主人公を出さないでどうやって展開できるのか、ぎりぎりまで頭をひねった結果、シリーズを一段上のレベルまで押し上げるような作品が書けた。「浮雲心霊奇譚」についても、そういう段階に差しかかっている気がしています。長いシリーズを書いているとどうしても惰性や慣れが生まれてきますが、そんなスタンスでは読者の心を震わせることはできません。物語の大枠から細かな描写にいたるまで、すべてをゼロから見直して作品に向き合いたいですね。

──ますます目が離せなくなりそうです。2018年は作家デビュ15年という節目の年ですね。

ええ。これまでの自分の殻をどう破るかが、今年の大きな課題です。2018年は僕にとって勝負の年。一作一作これまで以上に力をこめて、読者を圧倒するような面白い作品を書いていきたいと思っていますので、これからも応援よろしくお願いします。