受賞作『赤へ』 井上荒野 祥伝社刊

【梗概】

  市民体育館でアルバイトをする大学生の諭と未果里。諭はプールの監視員で未果里は受付。諭から思いを告げられても、未果里は全くの無関心。そんな二人が気になるのは八十歳と八十二歳の二人連れの老婆で、頻繁にやって来てはトラブルを引き起こす。かつてはサヨクケイ劇団の女優だったという。ある日虫の息≠ニ未果里がひそかに呼んでいる痩せたほうの老婆が、プールサイドで突然倒れた。もう一人の老婆が叫びだし、「救急車、呼べ」と周囲が騒然となるが──。(「虫の息」)
 ミチは夫亡き後、実家に戻ってきた一人娘の深雪とその夫・庸太郎の三人で暮らしていたが、同居三年目に深雪が自殺する。その一年後、ミチは高齢者向けのマンションへ移ることになる。引越先へは庸太郎が送ってくれるという。深雪の死を巡って反目していた二人は、一年ぶりに再会する。途中、深雪の墓参りに寄ったミチと庸太郎の胸の中には、ただ相手を責めるだけではなく自らを省みて、複雑な思いが交錯していた。(「赤へ」)
 肝臓がんを患っていた八十三歳の母に膵臓がんが見つかる。治療が難しいと知ると母は放置することを選び、亡くなるまでの一年あまりを私の家で暮らす。毎日、淡々と機嫌良く過ごし、無抵抗に死んでいった母。その心の内を忖度する私。大好きな母の死には堪えられないと思っていた私だが、共に過ごした濃密な日々やあの世での父と母の様子、母の人生などに思いを馳せているうちに、いつしか悲しみをしのいでいることに気づく。(「母のこと」)
 志帆子の中学二年の娘・瑠唯の幼なじみで同級生の岩崎ひかりが自殺をした。ひかりの両親はいじめを疑っているという。葬儀の日、斎場では同級生たちのLINEの着信音が聞こえ、笑い顔が見えた。瑠唯の言動に違和感を覚えていた志帆子は、彼女のLINEでのやりとりを盗み見る。ひかりの自殺の知らせに「うける」と発言していた瑠唯。志帆子は瑠唯がひかりの自殺に関与したのではと疑い悩んだ末、瑠唯と正面から向き合う決意をする。(「雨」)
 他に「時計」「逃げる」「ドア」「ボトルシップ」「どこかの庭で」「十三人目の行方不明者」を収録した、死にまつわる全十編の短編集。


【著者プロフィール】

井上荒野(いのうえ・あれの)
1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。1989年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞し、デビュー。2004年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞を受賞。2008年『切羽へ』で第139回直木三十五賞を受賞。2011年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞を受賞。他の著書に『だりや荘』『誰よりも美しい妻』『ベーコン』『ほろびぬ姫』『虫娘』『悪い恋人』『リストランテ アモーレ』『ママがやった』『綴られる愛人』など多数。