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居場所を失った祖国日本を捨て、彼らはフィリピンへ飛んだ。だが、待っていたのは無一文のホームレス生活。海外で困窮状態に陥った日本人を俗に「困窮邦人」と呼ぶ。現在も在フィリピン日本大使館にはこの困窮邦人が次々と駆け込み、援助を求めている。家族に送金を頼み込むも拒否され、帰りの航空運賃や査証不備による不法滞在の罰金を工面できず、異国の地で路頭に迷う日々に。中には命を落としてしまう人もいる。
日本の外務省によると、在外公館に駆け込む困窮邦人数が最も多い国はフィリピンである。2001年から直近の統計がある09年まで年間100〜200人の間を推移し、9年連続最多を記録している。フィリピンから見れば「金持ち」の国、日本から来た人がホームレスに陥る皮肉な現実。日刊マニラ新聞で働き始めて5年、私はある老人と出会ったことをきっかけに、困窮邦人の取材を始めた。入国管理局の収容施設で見た、老人の図太く生きる姿。同じ日本人として、異国の地でまったく異なる環境に生きるその姿に、正直驚いた。
この社会現象の発端は、80年代から日本各地でフィリピンクラブが一世を風靡したことにある。独身、派遣労働、安月給、借金地獄……。うだつの上がらない人生を送り続けた男性が、偶然入った一軒の店。目の前に現れた陽気で若い女性たちの虜になり、その日からとりつかれたように店に通う。そして女性を追い掛けてフィリピンへ。だが、所持金をすべて使い果たしてしまい、女性一家からも見捨てられた。挙げ句の果てには教会や路上で寝泊まり生活を続け、近隣のフィリピン人住民に食事を分けてもらい、生き延びている。
邦人援護という観点では、日本大使館も彼らの対応に苦慮している。最初に彼らの親族に連絡をするも、「あんな奴に貸す金はない」と送金を拒否される。公金による援助も不可能ではないが、自身の意思でフィリピンへ渡り、所持金を使い果たした困窮邦人に血税を使って援助すべきか否か。
一方で、海を渡ったフィリピンは彼らを見捨てなかった。人間味溢れるフィリピン人たちの温かさや、アジア特有の開放感に心地よさを覚えた。だから彼らはフィリピンで生きていく覚悟を決めた。
本作品に登場する主な困窮邦人は5人。心の中では、自分で飛び出した以上、このまま帰って生き恥をさらしたくないというプライドがくすぶる。彼らは日本を捨てたのか。いや、本当は捨てられたのかもしれない。でもそれだけは認めたくない。だから、何としても生きる。騙し、騙され、踏まれても。 |