公共事業としての戦争を描いた『となり町戦争』でデビューして4年。『バスジャック』『失われた町』『鼓笛隊の襲来』と、三崎亜記は着実に自分の世界観をつくってきた。待望の最新作『廃墟建築士』は、建築物をテーマにした中編集。建物を通した世界の見え方の違い、そして小説と廃墟の共通点とは?


 ――以前から建築には興味を持っておられたんですか?

 そうですね。小説を書く前から写真をずっと撮っていて、被写体としての興味はありました。

 それから、私が追いかけてきたテーマの一つに、「見えるもの・見えないもの」というのがありまして。もちろん、建物はだれにでも見えるものですし、今はグーグルマップみたいなものがあって、滅多に行けないような場所でも見ることができます。だけど「見え方」にもさまざまあるのかなと。『となり町戦争』では隠されていて見えない戦争を描きました。

けれども、目の前にあっても見えないものもあるし、その人が持っている知識やバックグラウンドによって見え方が違ってくるものもあるんじゃないかな、と考えるようになったんです。

 ――人によって見え方が違うもののなかでも、建築物を選んだのはなぜでしょう。

 ちょうど私が市役所の下水道の部局にいたとき、廊下を挟んで反対側が建築指導室だったんですよ。そこにいる人は、建築にまつわるさまざまな相談事を担当していたんですね。多分、建築指導室の人のように専門知識を持っていたら、このビルはこういう規制があってこの高さになっているとか、同じ街並みを見ても知らない人には見えないものが見えるだろうなと。

 例えば『超合法建築図鑑』(吉村靖孝編著/彰国社刊)という、建築法規を通して街並みを見た本があります。そのなかに載っている逆三角形のビルは、日照制限をクリアするために、建物の下の方を細くしている。単なるデザインとして見るのか、それとも規制の上でやむをえず生じた形として見るのかで、見え方が異なってくるんです。

 ――この作品は、主人公の建築士が廃墟についてインタビューを受けるシーンから始まります。三崎さんご自身は、いつ頃から廃墟に興味を持つようになったんですか?

 いつからだろう……。例えば田舎のほうに行くと、使われなくなったバスの車体が農具置き場やゲートボールの待合所になっていたりするんですよ。公共物が公共性を失ったあとにも存在し続けている。もう絶対に動かないのに、行き先が書いてある。その辺のはかなさには、子どもの頃から興味があったような気がしますね。

 あとはもともと廃墟というより廃線が好きだったんです。というのも、国鉄からJRになって廃線になった線路が、私が一番旅をしていた頃にちょうど「熟して」いたんですね。廃墟化が進んで、楽しい時期に見たこともあって、好きになったのかもしれない。でも、なぜ廃墟に惹かれるのか、明確な理由はわかりません。ただ好きな子に会いたいという感じで見に行くんですね。

 ――実在する廃墟で、お気に入りの場所はありますか?

 佐賀県に、廃墟マニアにとっては聖地ともいわれる、造船所の廃墟があります。建物がツタで覆われていて、いわゆる「天空の城ラピュタ」みたいな感じ。かつ、戦時中は兵器を製造していたそうで、柱に当時の標語が残っていたりするんですよ。建築物としての美しさと歴史的な背景を兼ね備えた廃墟ということで、何回か見に行っています。

 ――作中に出てくる廃墟も行きたくなるような魅力がありますね。なかでも「連鎖廃墟」はすごいなと思いました。

 廃墟をどう書くかというとき、新築の部分と廃墟の部分が追いかけっこしているような建築物が、一番時間軸における廃墟のイメージをつかみやすいんじゃないかなと考えたんですね。現実にある建物でいうと、ガウディのサグラダ・ファミリアみたいなものかもしれません。

 ――「連鎖廃墟」に魅せられた主人公は、自分でもどうしようもない思いに衝き動かされて、平穏な生活から逸脱していく。悲しいけれど、幸せな生き方でもあるのかなという感じがしました。

 そこは自分になぞらえている気もします。私もこのまま小説を書いていられたら、それ以上幸せなことって何も起こらなくてもいいという感じがしているんですよね。

青春と読書2月号より一部抜粋
聞き手・石井千湖