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赤い眼をした〝憑きもの落とし〞の浮雲が、絵師を志す青年八十八、武家の娘で剣術を嗜んでいる伊織らとともに怪奇な事件を解き明かしてゆく「浮雲心霊奇譚」シリーズ。待望の第二弾となる新刊『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』には、辻斬、幽霊沼、妖刀にまつわる三つのエピソードが収録されている。土方歳三など歴史上の人物を絡めながら展開する、怪しくも胸躍る幕末エンターテインメント。その成立背景について、神永学さんにお話をうかがいました。 聞き手・構成=朝宮運河/撮影=山下みどり

各話の着想は江戸の怪談から ──『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』は幕末を舞台にした時代ミステリー待望の第二弾です。神永さんといえば現代もののイメージが強いですが、時代小説への意欲は以前からお持ちだったのでしょうか?

「心霊探偵八雲」の一巻目を書いた当時から、「これって時代ものが似合う設定だよな」と思っていました。時代ものと現代ミステリーの違いは、科学捜査が存在しないこと。たとえば現代で衝動的に殺人を犯したとしても、血液型や指紋、監視カメラによってすぐ犯人が割り出されてしまいます。時代ミステリーではそうした捜査法が存在しないので、目撃証言や人間関係、なぜ罪を犯したかという動機が重要になってくる。人の心に寄り添いながら、ダイナミックな物語を展開できるのが、時代ミステリーの醍醐味だと思っています。

──冒頭に収められた作品「辻斬の理」では、伊織が夜道で辻斬の現場に遭遇します。その翌日から伊織の屋敷に、刀を提げた幽霊が現れるようになり、八十八たちも不気味な事件に巻き込まれてゆきます。辻斬というのは時代小説ならではの題材ですね。

江戸時代は厳格な身分制度があって、命の値段が現代とはまるで違いました。武士が無礼を働いた町人を斬り捨て御免にしても許されたんですから、考えてみればすごい時代です。平和が長く続いたために、人の心のゆがみが露わになるような事件もよく起こった。辻斬なんてまさにそうですね。刀の切れ味を試すために、人を殺すなんて今では考えられません。幕末はそうした江戸の価値観がぎりぎり残っていた最後の時期だと思います。あとちょっと時代がずれると、社会の混乱が大きくなって、内側よりも外に目が向くようになるんですよ。

──事件はやがて、ある剣術道場の秘密へとつながってゆき、クライマックスでは迫力満点の殺陣シーンが描かれます。神永さんも剣術道場に通っているそうですが、創作への影響はありますか。

かなりありますね。こう踏みこんできたらこう返そう、と頭の中でシミュレーションしたうえで殺陣を描いています。なんとなく刀をぶつけ合っていたら勝敗がついている、というものにはしたくなかった。天然理心流の道場の仲間からは、「一巻目のあのシーンで出てくる技はこれだよね」と言い当てられましたよ(笑)。今回の「辻斬の理」でいうと伊織はこう構えていて……。

──(と模造刀を握り、詳しくレクチャーしてくれる神永さん)。なるほど、実際に技を見せていただくと面白さ倍増ですね。

分かる人が読めばこういうことだな、と分かる書き方をしています。もっとも専門書ではないので、一般読者に恰好いいと思ってもらえる立ち回りを描くのが一番ですけど。

──二作目「禍根の理」では、かつて凶事が起こった廃屋にある沼で、男が幽霊に襲われるという事件が起きます。相談を受けた八十八も、事件を追う中で沼に引きずりこまれてしまう。これも怪談テイストに謎解きをプラスした「浮雲」らしい作品です。

実はこれまで書いてきたエピソードはすべて、江戸時代の怪談話を下敷きにしているんです。江戸の怪談には当時の世相や、人々の暮らしぶり、価値観がよく表わされています。怪談から要素を抜き出してアレンジし、事件に当てはめてゆく、という作り方ですね。原型が分からないほど手を加えていますが、一巻目では『番町皿屋敷』『牡丹灯籠』を、「禍根の理」でも、ある有名な怪談話をベースにしています。

──「禍根の理」の結末で明らかになるのは、ある町人一家にまつわる哀しい物語でした。謎が解かれると同時に、当時の身分制度の不条理さにもスポットが当てられます。

現代の読者なら、素朴に疑問を感じるところだと思うんです。「どうして身分違いだと結婚できないんだろう」「なんで武士だけこんなに威張ってるんだろう」と。それが江戸時代なんだといっても、やっぱり違和感がある。それを表明してくれるのが浮雲なんですよ。浮雲は武士が嫌いだし、身分制度なんて下らないと思っている。つまり現代人に近いキャラクターなんです。八十八が町人の、伊織が武家の価値観を背負っている中で、浮雲がそれに対しツッコミを入れてゆく。そのやりとりを通して、江戸時代の価値観が自然と読者にも伝わればいいなと思っています。

八十八たちの成長、
幕末の人間模様
──浮雲、八十八、伊織、土方といったレギュラー陣の成長や、関係性の変化も大きな読みどころですね。クールで謎めいた浮雲と、まっすぐでひたむきな八十八の間柄も、シリーズ開始当初に比べて、ずいぶん深まったように思います。

キャラクターの変化や成長は、どの作品でも意識しているところです。シリーズものは特にそうですが、キャラクター同士が出会って、お互いに影響を与えることで、内面が変化してゆく。これは実生活でもそうですよね。良くも悪くも人を変えるのは、誰かとの出会いだったりする。浮雲はぶっきらぼうでクール。何を考えているか分からないけれど、八十八とのかけ合いによって、内面が少しだけ見えてくる。凡人から超越した浮雲のようなキャラクターを描くうえで、〝受け手〞の存在はすごく重要です。

──表題作「妖刀の理」で、八十八は絵師としての壁にぶつかります。「お前の絵には力がない」と批判され、自信を喪失していた八十八の前に現れたのは、一巻目にも登場した絵師にして呪術師の狩野遊山でした。絵と話術で巧みに人々を操り破滅に追いやってきた遊山は、本シリーズを語るうえでは欠かせない、印象的な悪役ですね。

八十八とは対極にある存在として、遊山は重要なキャラクターです。遊山は自分が悪をなしているという意識がない。呪いをかけ、人々を破滅に追いやるのも、遊山なりの大義があってのことなんですね。シリーズが進むにつれて、遊山の存在感はさらに大きくなっていきます。過去に因縁があった浮雲と彼がどう絡んでゆくのか、ここがひとつの読みどころかなと思っています。

──人を惑わす妖刀の話を縦糸に、八十八の悩みを横糸に展開してゆく「妖刀の理」。本書の最終話にあたるこのエピソードで、八十八も伊織も大きく一歩前に進むことになります。締めくくりとして読み応えのある短編でした。

八十八は伊織や浮雲と出会ったことで、自分が本当にやりたかったことに向き合い、絵師の道を志すことができました。でも、それによってまた新たな悩みが生まれてくる。前に進むということは、そのくり返しなのだと思います。もし八十八が遊山の誘いに乗っていたら、彼の絵柄は変わったでしょうが、それは八十八の絵ではなくなります。誰しも得手不得手はあるし、やりたいことと出来ることの間で折り合いをつけなければならない。八十八の悩みは、現代にも通じる普遍的なテーマなんじゃないでしょうか。

──夜の静けさ、闇の濃さが伝わってくるような文章も魅力です。江戸の雰囲気を伝えるうえで気をつけていることはありますか。

僕の文章はよく「絵が浮びやすい」と言われるんですが、僕はあくまで素材を提供しているだけ。想像力を働かせて、イメージを完成させてくれるのは読者の方なんです。だから、できるだけ想像力をそそるような文章にしよう、というのは考えていることですね。たとえば、江戸の町にぼんやり浮かんだ提灯を描くとして、その提灯はこんな形状で、こういう文字が書かれていて、と詳しく描写しても意味がない。一言に「提灯」といっても思い浮かべる形は人それぞれ。くどくど説明しない方が、想像力を刺激する面もあるんじゃないかなと思うんです。書きすぎない美学というか。

──収録作はいずれも江戸ならではの怪奇性・幻想性が漂っていますが、ネガティブな読後感はまったくありません。むしろ前向きな力をもらえるような一冊です。

本を閉じた後で安心感を得てほしいんです。作家には色々なタイプがいて、後味の悪さが特色になっている方もいますが、僕はそういうタイプではありません。「本って面白いな」と感じてもらえるような作家でありたいと思っています。いつも考えているのは、読書の入口になる作品を書きたい、ということ。出版業界全体のためにも、そういう作家がいてもいいと思うんです。僕は文学賞をもらったことも、ノミネートされたこともない。興味もありません。今日まで支えてくれたのは読者だと思っているので、あくまで読者目線で、面白いと言ってもらえるような作品を書いていきたいですね。

──刻々と明治維新が近づいてゆく時代の中、八十八たちがどう生きてゆくのか気になります。シリーズの今後はどうなるのでしょうか。

今回は土方歳三が試衛館に出入りしている、という話題を書きました。近藤勇、沖田総司の名前も出ましたし、斉藤一も実はちょっとだけ登場しています。幕末に詳しい人は、きっと気がつくはずですよ。維新が近づくにつれて、歴史上の人物もさらに登場してくるはず。キャラクターが動き出して、書いていて楽しい作品なので、できるだけ早く続きを出したいですね。できればこの世界観で長編をやりたいと思っています。

──それはぜひ読んでみたいですね。では『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』にこれから触れる読者にメッセージをお願いします。

これまで馴染みがなかった若い読者にも、時代小説の面白さにあらためて気づいてもらえるような作品だと思います。一冊目を読んだ方の中には、「土方歳三って誰ですか」っていう人もいましたけど(笑)。そういう人が僕の作品をきっかけに幕末に興味を持ち、司馬遼太郎の『燃えよ剣』などに手を伸ばしてくれたら最高ですね。時代小説ファンの皆さんにも、「こんな若手がいるのか」と知ってもらえたら嬉しいです。

 

神永 学(かみなが・まなぶ)
作家。1974年山梨県生まれ。日本映画学校卒。2003年『赤い隻眼』を自費出版。同作を大幅改稿した『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』で2004年プロデビュー。代表作「心霊探偵八雲」を始め、「天命探偵」「怪盗探偵山猫」「確率捜査官 御子柴岳人」「浮雲心霊奇譚」「殺生伝」「革命のリベリオン」などシリーズ作品を多数展開。他に『イノセントブルー 記憶の旅人』『コンダクター』がある。

小説家 神永 学オフィシャルサイト