英雄『岳飛』解禁。 中国随一の英雄を壮大なスケールで描く。岳飛伝 北方謙三 英雄『岳飛』解禁。 中国随一の英雄を壮大なスケールで描く。岳飛伝 北方謙三
楊令伝の『岳飛』について
上)若き岳飛 下)楊令

 岳飛を初めて破った漢は、梁山泊の楊令だった。16歳の時には、岳飛は130騎を率いる傭兵隊長だった。それがわずか50騎に蹴散らされる。頬に火傷跡のある若い頭領は「子供か」と言い捨てて去っていった。これが楊令との出会いだった。

 岳飛は、宋の金軍元帥・童貫を訪ねてその旗下に入った。そして、南征して方臘率いる地を覆う度人の群れと交戦する。酸鼻に戦いが続いたが、岳飛は敵の随一の戦人・石宝の首を打ち、方臘を自焼させて戦乱を終わらせた。

 次の敵が梁山泊だった。一度は童貫軍に打ち破られて壊滅した梁山泊だったが、楊令の元に再結集して宋国に再び挑んできたのだ。激しい闘いが続き、ついに童貫は楊令の吸毛剣に打たれた。童貫の亡骸は岳飛の元に届けられる。さらに北から南下してきた金国軍によって首都・開封を奪われ宋国は崩壊した。

 岳飛は隆徳府に逃れ、宋軍残党とは一線を画して岳家軍として独立した。崔如と知り合い、連れていた紀雲以下5人の子供たちを養子にする。梁山泊を恨む軻輔も合流した。

 梁山泊は楊令頭領の元で、帝を置かない通商を礎とする国造りを目指していた。宋国の残党は南進して趙構を即位させて南宋を造る。金国はさらに南下して南宋壊滅を図るが逃げきられる。北へ戻る金軍を岳飛軍が襲うが、名将・蕭珪材に一蹴された。

 岳飛は国のありようについて考え、「盡忠報国」の四文字を背に彫った。軻輔の献策で梁山泊を襲い軍馬3000を奪ったことから梁山泊軍と交戦する。狼牙・秦容の超人的な活躍と楊令の神の如き用兵の前に敗れる。

 金国は傀儡国家を作って南に楔を打ち込み、また親金派の秦檜を南宋に送り込み、次の策を練っていた。満を持して、再び南下してきた金国軍に立ちふさがったのは岳飛軍だった。激戦の末、岳飛は蕭珪材を一騎打ちで倒し、金軍を押し戻す。しかし、租税を上げたために民の反乱を招き、隆徳府を離れて南宋軍に合流せざるをえなかった。

 
片腕を斬り落とされた岳飛
    

梁山泊は金国と同盟を結び、東は海を隔てた日本から遥かな砂漠を越えた西域までの交易路を確保し、楊令の目指す自由市場による経済国家を完成しつつあった。ところが、その梁山泊の本拠を河水を下ってきた、ありえないほどの大洪水が襲い、梁山泊の中枢を水没させた。

 岳飛は南宋軍として出陣し、ふたたび梁山泊と戦う。しかし、楊令と梁山泊軍は健在だった。岳飛軍はじりじりと押されていき、将兵の数を減らしていき、敗北寸前となる。そこに、梁山泊との同盟を一方的に破った兀朮の率いる金国軍が奇襲をかけた。楊令はすかさず兵を還して兀朮を一撃する。岳飛軍に止どめをさすべき出撃の直前、楊令は刺客の毒刃を浴びる。それでも楊令は、毒の回った身体を駆って岳飛の右腕を斬りとばす。同時に楊令は落命していた。

 梁山泊では、老雄・呉用が頭領の座を継ぎ、水を抜いて復活させる。そして、宣凱を金国に派遣して、ふたたび金国との講和に成功する。岳飛は毛定の作った精巧に義手を付けて力を取り戻し、軍の強化に専念する。やがて北から、兀朮の金軍30万が南下して来る。岳飛は南宋の張俊軍、地方軍と合わせて20万を率いて迎撃し、長刀隊で金軍の騎馬の脚を斬りたてて勝利した。さらに勢いにのって金国が支配する開封府に迫るが、南宋の宰相の秦檜が出させた帝の勅命によって撤兵を余儀なくされた。

 秦容は梁山泊を離れ、南方に新天地を求める。呉用は、宣凱に「岳飛を救え」と遺言をして死んだ。岳飛は臨安府に招かれて帝に拝謁を許されるが、その直後、秦檜に捕縛される。謀反の容疑である。北進して金国を打ち中華統一を図りたい岳飛。まず南宋を富ませそのあとに北伐を望む秦檜。ふたりの考え方の違いは、対話を重ねたが一致することはなかった。梁山泊の燕青が動く。太子の正当性に関わる印爾と短剣と引き換えに岳飛の助命を求めた。秦檜は取引に応じ、岳飛の替え玉が公開で処刑され、岳飛は単身、自由を得る。

秦容

 岳飛は姚平とともに南を目指す。大理を越え、密林の中を進み続けた。開墾を始める。やがてかつての岳家軍の仲間が三々五々、集まってきて、崔如ら家族も到着して、岳都ができた。近で先行して、秦容は甘蔗栽培に成功し、南端の梁山泊の交易路になった小梁山を建設していた。秦容は、岳都に対してあらゆる援助をおしまなかった。双方の間には梁岳道が作られて、連携の体制がととのった。

 小梁山を飛刀を遣う山岳兵が襲い、多大な被害を与えた。秦容は打ち払い、捕虜にした兵の一族の住む高山を訪れ、傭兵として山岳兵を雇うことに成功した。岳飛のかつての副官・辛晃の軍が秦檜の命を受けて岳都をめざして攻めてきた。しかし、岳飛、秦容の連合軍は、辛晃軍を一蹴する。

 岳飛は、わずかな手勢とともに、かつて逃げた山道を逆行し、ふたたび中華南部の地を踏んだ。