火? と私は思った。こんなにお肌がすべすべの真面目そうな高校生の女の子に向かって、火? 何で?
「ないですけど」
「じゃあ、どうやってタバコ吸ってるんだ?」
彼女は不思議そうに聞き返した。
「だから、タバコなんて吸ってません」
「だって、あれ? ここ、喫煙室だよな?」
「談話室です」と私は言った。「第一、全面禁煙ですよ、この病院」
「全面禁煙?」
彼女は入り口のところまで取って返した。そこにある「談話室」という表示を確認したのだろう。あちゃあ、と言って、彼女は顔をしかめた。
「いつから?」
「さあ。わからないですけど」
「前は喫煙室だったんだよ、ここ」
どこもかしこも禁煙かよ、とぼやいて、くわえていたタバコをしまうと、彼女は私の隣のソファーにどすんと腰を下ろした。
「しばらく出入りしてなかったからな」と彼女は呟いた。
出入り、と私は思った。彼女は医者には見えなかったし、看護師にも見えなかったし、薬を売りにきている製薬会社の人間にも見えなかった。何者だろう、と私は彼女を観察した。年はやはり二十歳よりもう少し上だろう。二十三、四か。黒いジャンパーに黒いタイトなスラックス。化粧はほとんどしていない。アクセサリーもない。
「なあ、五十嵐って医者、まだいるかな?」
「五十嵐先生?」と私は聞き返した。「いるも何も、病院長ですよ」
担当医ではないが、病院の入り口近くにある病院案内でその名前は見たことがあった。
「ああ、そっちじゃなくて、もっと若いやつ」
「さあ。二人いるんですか?」
「前はいたんだけどな。でも、まあ」と彼女は言った。「もういないかもしれないな。アメリカに逃げ帰ったか」
「はあ」と私は言った。
「じゃ、掃除のおばちゃんでさ。えらく愛想の悪いおばちゃん、いないかな? くちゃくちゃの髪の毛して、いつも耳にイヤホンをしてる」
「さあ」と私は言った。「いるかもしれないですけど、わからないです」
まあ、いたからって役に立つわけでもないか、と彼女は呟き、天井を仰いだ。
「コネなしか。参ったね」
事務長が代わってたのは誤算だったな、と彼女は一人で呟いた。