STORIES――もう一つの「MOMENT」

 目を閉じる時間が長くなった。気づかれないようにしていたつもりだったが、母は気づいていたようだ。
「目、疲れるの?」
  ある日、台所で料理をしながら、さりげない口調で母が聞いてきた。
「大丈夫。練習よ、練習。慣れておかなきゃね」
  笑って答えた私に、母は悲しそうに笑い返した。
  あ、ごめん、嘘。そうじゃなくて……。
  そう言おうとして、そのあとに続く言葉の愚痴っぽさに、私は何も言えなくなってしまった。
「ごめんね」
  私より母がそう口にした。何にということではなく、その状況そのものを母は何かに代わって詫びていた。まだ四十半ばの母が不意にひどく年を取ってしまったように思えて、私はついぶっきらぼうに返してしまった。
「何、言ってんのよ」
  私の目はもうじき光を失う。私が悪いわけではないし、もちろん母が悪いわけでもない。ただ、私の目はそういう風にできていたということだ。そう納得するしかないし、それ自体は実はそれほど怖くはない。いや、違う。それ自体がどんなものなのか、私にはまだよくわかっていないのだ。光のない世界。完全な闇の世界。それがどんなものなのか。いくら考えたところで、それは私の想像を超えたものだろう。だから、今は考えないようにしている。けれど、いくら考えないようにしたところで、私の視力は日に日に低下している。同じ場所からこの前までは見えていたはずの黒板の文字が、向かいのホームの駅名が、今日は見えなくなっている。私は私の一部を失いかけているのだ。考えてもわからない暗闇の世界より、はっきりと自覚できる日々の一つ一つの喪失のほうが今は怖い。それはやがて、今の私にとってかけがえのないものを奪い去っていくことをまざまざと予感させるから……。

 物語がつむがれるのは、人生が有限であることに対する抵抗である。ある作家がそう語っていた。その通りだと思う。人生は一度きりしかない。どんなに頑張っても、私は私という枠の中にある人生を歩むしかない。けれど、想像の中でなら人は何にでもなれる。魔法の王国の王女様にだってなれるし、その王女様を付け狙う暗殺者にだってなれるし、その暗殺者が飼っているねずみにだってなれる。想像力を解き放つとき、人は有限の人生の中に無限を抱える。

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