実習先で出会った、いつも夜遅くまでがんばっている一人の女性。
実習も終わりに迫ったころ、ある先生の勧めでその彼女と天文台に上った。
見上げれば、どこまでも広がる満天の星空。
そして、促されるがままに大きな望遠鏡を覗き込むと、ぼんやりとした淡い色の星。
聞けば、一度しか見られない彗星らしい。
覗き込みながら「夜もいいものだね」なんていつまでも話をした。
そんな彼女も、今では海を隔てた違う国に行ってしまった。
臆病で「好き」と伝えられなかった彼女と。
もう一度、一緒に星空を眺めたい。
そして、ゆっくりと話をしたい。
(月火。さん・男性)
私の願いは世界の7つの海を潜ることだ。イルカの群と共に…。バハカリフォルニア、小笠原、カリブ海、紅海、グレートバリアリーフ、地中海、パラオ…壮大な自然、限りない世界を堪能し、イルカと一体化したい。海の中に居る時は地上での争いごとなど全て忘れられる。この素晴らしい世界を多くの人たちに伝えられたらと思う。
(アギトさん・女性)
小学校の時に友達と映画を観に行くことになった。その時に母の腕時計を借りた。私は、遊んでから映画館へ向かった。しかし着いた時には腕時計がなくなっていた。一度席に着いたが、始まる前に映画館を出た。今日通った道や公園を探し続けたが見つからなかった。あとからその腕時計は、父から母への誕生日プレゼントだったときいた。母が一瞬、怒り悲しんだ姿が忘れられない。もし願いが叶うなら見つけてほしい。
(きららさん・男性)
以前、私がすんでいた家は、まわりが自然に囲まれていて、とても静かな場所にありました。裏山では、秘密基地を作ったりツタでターザンをしたり・・・それはもう、自然の懐に抱かれた感じでした。
家は決して大きくはないのですが、昭和の香り漂う家でした。小学生の頃の記憶はいつも、大好きだった家がバックに蘇ります。
今は空港や高速道路ができて、立ち退きになったため、もうそれらの面影は二度と見ることができません。昔の写真を持ち出してはその懐かしい家を思い出しています。変な話ですが、写真で昔の家を見ると目頭が熱くなってきます。
そんな、二度と戻れない家に、もし叶うのであれば戻って隅々まで見たいです。
(夏見茉莉さん・女性)
昨年、元競走馬をひきとりました。天皇賞では2着になった立派な馬です。種馬としてはパッとせず乗馬になった馬ですが、歳をとったため乗馬を引退したのを機に引き取り、今は隠居生活を送っています。ターフの上は華やかだけれども、どんなに喝采を浴びたとしても経済価値がなくなると、悲しい運命の待っている馬たち。徐々にそんな馬たちの余生を考えようという声が高まってきていますが、待ちきれない。願いを叶えてくれるなら、今すぐすべての馬たちが安心して、歳をとれる世の中にしてほしいと思います。
(朝日南さん・女性)
「いってらっしゃい!絶対早く帰ってきてね!!」 私が5歳の時、父が家をでていった。詳しいことは覚えていないのだが、寝る前によく絵本を読んでくれたこと、そして父が絵を描く人だったということは記憶にしっかりと焼きついている。ところどころに絵の具が染み付いたぼろぼろのアトリエが、なぜか私のお気に入りの場所だった。もし、最後に1つ願いが叶うなら、私を父のところへ連れていってほしい。そして、まだもし絵を描いているのなら、名前も素性も告げずに私の顔を書いてもらいたい。たとえ父が気づかなくてもいいから、20歳になった私を父に描いてほしい。
(黒崎アキさん・女性)
映画『アパートの鍵貸します』で、主人公と自殺未遂のヒロインがベッドサイドでトランプをする場面がある。筋肉異常により、寝たきりでずっと人工呼吸器を使わねばならない私は、ひどくそれに憧れた。薄暗い夜の部屋の明かりは電気スタンドだけ。想い人がトランプをきる。他愛のない話をしながら、配られたカードを見て勝ち負けに一喜一憂する。そんな一夜を過ごしてみたい。
(礼子さん・女性)
10代のころ、サーカスに入団して、裏方の仕事をし、芸の稽古をしながら、団員と一緒に旅をするのが夢でした。サーカスで短期間のアルバイトをしたりもしましたが、丸盆(サーカスのショーの舞台)にだけは、芸人の聖域という気がして、足を踏み入れることができませんでした。そして、夢をかなえる力がなく、サーカスとは関係のない仕事につき、「動かない」家に住んでいます。今、サーカスを客として観に行くことはできても、丸盆に登ることはできません。もし、願いがかなうのなら、一度でいい、誰もいない夜の丸盆を独り占めしたい。丸盆の上で、観客席を見渡してみたい。それが私の願いです。
(箱山菜穂子さん・女性)
人生も半世紀以上生きると、恋多かりし人生も悪くなかったと思えてくる。モトカレの話も、淡々とドライに話せるものだ。今も茶飲み友達として30年、20年の付き合いというモトカレも少なくない。修羅場や憎悪や心の傷も時間が癒してくれた。夫がいてもモトカレと友達でいられるなんて、ありがたい。そこで最後の願いはモトカレの全員集合。私の悪口雑言、恨みつらみをいってもらってけっこう。異業種交流の場にもなりそう。どうぞおすきに。招待状を出したら一体何人来てくれるかな。そんな勝手な夢物語を空想する私。司会は夫がしたりして。
(ゆみこさん・女性)
今年の10月10日に、青森のある遊園地が閉鎖されることになり、いつだったか、彼と行ったことを思い出しました。
その彼は、ずっと好きだった人です。何回か、デートをしたりしていたのですが、去年のクリスマスに、手紙で「大切な人ができた…」と伝えられ、それからはずっと会っていません。
雨の日によく会っていたので、雨が降ると今でも思い出し胸が苦しくなります。
だから、もう一度だけ、彼と遊園地に行って、観覧車に乗りたいです。
(ゆうこさん・女性)
小さいころからイルカがすごく大好きで、イルカの調教師になりたいと思って、いろいろと調べたり水族館に行ったりしました。けれども、狭いプールで泳いでいるイルカを見たら自然と涙がでてきました……。それからは、いつか野性のイルカと広い青い海で泳ぐのが夢になりました。最後の願いは、フレンドリーで優しい目を持つイルカ達と泳いで、これから先の事や嫌な事を考えず穏やかで癒された気持ちで過ごしたいということです。
(ココナッツさん・女性)
ハワイではナイトレインボーはとても珍しいもので、世の中で一番の祝福とされてきたものらしいです。先祖の霊たちが癒しなどを与えるために現れる特別な存在とされている…。私は写真集でその存在を知ったけれど、一言であらわせなくて、人間とか世界をはるかに越えたようなものに見えました。ほんとうに神様とか霊がこの世に生まれてきたことを、祝福してくれてる気がしてきました。私の最後の願いは、生まれてきたことを間違いではなかった、幸せだったことをこの目で感じたいということです。
(なあさん・女性)
母は結婚して父が単身赴任となり、私たち姉弟を育て、同居の舅・姑を介護し看取り、母を亡くした幼い姪を育て、人のために尽くし家を守ってきました。父があと1年で定年を向かえ、やっと自分の為に生きられる、夢だったアメリカにも行けると思っていた矢先に、53歳でアルツハイマーを発症しました。子ども好きで、今でもテレビCMにでてくる赤ちゃんには「かわいいね」と反応を示す母に、実の孫を見せるどころか結婚すら当てのない私はどうしようもありません。しかし、できるならば、タイムマシーンを駆使してでも元気だった頃の母とベビーカーを押してゆっくりとどこかに出掛けたいです。デパートなどでベビーカーを押す母娘を見かけると、いつもうらやましくて切なくなります。
(NBYさん・女性)
中学の時、メガネもかけていたし、あまりファッションとかにも興味なくて地味な印象だったと思うので、その印象を覆して「すごい綺麗」と言わせたい。メイクとかも専門の人とかを呼んだりして本格的に。
(ゆちさん・女性)
私の母は、私がまだ物心つく前に癌で他界しました。ほどなく父は再婚し、兄弟もできたのですが、新しい母の、私への態度と自分の子供に対する態度に拭いきれない違いを感じてきました。今の母が嫌いというのではなく、とても素晴らしい人だと思っています。ただ、もし私の本当の母であったなら、私にどう触れてくれるのだろう、どのように叱って、褒めてくれるのだろうという思いは今までずっと消えたことがありません。できることなら私を生んだ母に会ってみたい…。何だか申し訳なくて、決して口にはできませんが、多分この先もずっと、私は亡き母について想い続けるように思います。
(あるこさん・女性)
私が19の時、母は白血病で亡くなりました。母がなくなる前に体調がよいといって、一時退院しました。その時に得意料理のこあじの南蛮漬けを作ってくれたのですが、私は少し食べただけで残してしまいました。今思えば、もう長くないとわかって一時帰ってきたんですね。これから一生食べる事はできないとわかっていても、もう一度母の手料理を食べたいです。
(しとえさん・女性)
この冬、最後のチャレンジをします。体力的にも、手術した膝も限界だと思うので。以前、全日本には出ていました。凄い緊張感と、達成感。辛いことが重なり、二度とスキーはしないと全てを捨てたけれど、心の隅に引っかかっててどうしても切り離せなくて。2人分しかない枠の一つを勝ち取りたい。ブランクは否めないけれど、家族にも理解はしてもらえないけれど。もう一度だけ、チャンスが欲しい。歓声と静寂の中を滑り降りて行きたい。
(飛騨娘・女性)
今、57歳の実母と、3歳の娘と、私と暮らしています。
母にはいつもお世話になりっぱなしで…。
いつまでもこの平和な幸せが続くように、健康を願いたいです。
そして、娘の成人式、結婚式、そしていつかはひ孫を母に抱かせたいです。それまで…それからも、ずっとずっと健康を願います。
(さゆさゆさん・女性)
昔からよく宇宙ってどんなだろう?端っこってあるのかな?ほかの星には生物がいるのかな?と空想(?)することがありました。つらいことがあるとそういう大きなものをイメージすると、自分の悩みがつまらなく思えるものでした。
科学はどんどん進歩していますが私が生きている間にはまだ宇宙旅行が一般的にはなりそうもありません。もし明日死ぬなら、どんな願いも叶うなら宇宙に行ってみたいです。
(ユニコさん・女性)
私の兄は幼い頃から父に教わり野球をやっていました。地元でも有名なピッチャーで父も本人も甲子園に行きプロになる事を夢見ていました。しかし、兄は中学2年の冬にトレーニング中脳梗塞で倒れ右半分麻痺のまま生きて行く事を余儀なくされました。私は兄にもう1度マウンドで右手で投げて欲しいです。無理だろうけど、投げて欲しいです。
(干からびさん・女性)
